2018.10.10
# AI

「働かざる者食うべからず」というクソ真面目な考えはもうすぐ消える

AI時代と憲法27条の改正問題
井上 智洋 プロフィール

憲法に「勤労の義務」があるのは日本と北朝鮮くらい

実際のところ、日本社会では不労が罪のように見なされているがために、ニートと呼ばれる人達は、ますます採用面接におもむき難くなる。面接官にニートであることをなじられるのが怖いのである。

あるいはまた、内定が得られないことを苦に自殺する「就活自殺」も不労が罪であるというこの社会的通念に拠っているだろう。2016年には27人の大学生が「就活自殺」によって亡くなっている。

 

「労働しなければならない」「労働していない者はちゃんとした大人として認められない」といったクソ真面目な意識が、この国では強過ぎないだろうか?

そういった強迫観念から解放された方が、人々の心持ちが晴れやかになり、より幸福な社会となるはずだ。労働する理由は、「生活費を稼ぐため」「楽しいから」といったものだけで十分である。労働に義務感は必要ない。

日本人に強迫観念的な勤労道徳を抱かせている要因の一つが、以下の憲法27条の第1項である。

憲法27条第1項 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ

元々、国民が暴走しがちな統治機構を縛ることが憲法の基本的な目的である。その憲法に「国民の義務」などというものを書き込むこと自体がそもそも筋違いだ。

ただし、「教育の義務」と「納税の義務」については、憲法に記すことが妥当ではないにせよ、そのような義務感そのものはあってしかるべきだろう。子供に教育を受けさせないことや、納税を逃れることはあってはならないからだ。

それに対し、「勤労の義務」については、そのような義務感を抱く必要性がない。たいていの人は生活費を稼ぐ必要があれば働くだろうし、働かない人がある程度いたとしても経済が崩壊するわけではない。

現に、勤労の義務が憲法に記されているのは今では日本と北朝鮮くらいだが、それ以外の国の経済が軒並み崩壊するというようなことは、もちろん起きていない。逆に、日本は科学技術力や経済力の面で衰退しつつある斜陽国家であるし、北朝鮮の経済は相変わらず停滞し続けている(2017年の経済成長率はマイナス3.5%)。

photo by gettyimages

労働はそんなに「貴いもの」ですか?

過去には、スターリン政権下のソ連の憲法「スターリン憲法」にも勤労の義務が記されていた。近代は資本主義の発達にともなって「労働主義」(レイバリズム)がはびこった時代だが、かつてのソ連型社会主義国は資本主義国以上に労働主義だったのである。

近世・近代はあくせく働いてより多くの賃金を得ることが美徳とされた特殊な時代である。人類は有史以来の長い間を通じて、労働をさほど尊ぶことはなかった。とりわけ、古代ギリシャでは、労働は主に奴隷の役割であり、市民には忌み嫌われてすらいた。

ドイツの哲学者ハンナ・アーレントによれば、古代ギリシャでは、労働を担う奴隷に転落することは、人間から家畜になるようなもので、死より悪い境遇とさえ考えられていたという。プラトンは、奴隷が自殺もせずにのうのうと服従的な地位に甘んじていることを軽蔑していた(ハンナ・アーレント『人間の条件』筑摩書房)。

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