明治天皇の”替え玉”として
この陰謀論には"元ネタ"がある。
1997年に発行された『裏切られた三人の天皇』(鹿島昇著、新国民社)、『日本のいちばん醜い日』(鬼塚英昭著、成甲書房)など、いずれも明治維新の「謎」に言及した書籍だ。

両書が共通して採用するのは「明治天皇すり替え説」である。
幕末、伊藤博文らによって孝明天皇が暗殺され、田布施村(当時)出身の奇兵隊士・大室寅之祐(おおむろ・とらのすけ)なる人物が"替え玉"として明治天皇に即位した。
孝明天皇暗殺は長州藩の影響力を未来永劫、保持することが目的だった(公武合体派の孝明天皇は長州閥を快く思っていなかったとされる)。
大室寅之祐が天皇に即位した結果、田布施出身者が日本を動かすようになった──というストーリーだ。
近代日本の起源たる明治維新に、隠蔽されたドラマがあるとの主張は、他にもさまざまな物語を生み出していく。
明治以降、国家権力はロスチャイルド家をはじめとするユダヤ金融資本とも結託し、田布施人脈を駆使しながら日本の針路をコントロールした。
要するに「田布施マフィア」による日本支配だ。
しかも田布施出身者の多くは朝鮮半島にルーツを持つ人間であるとして、さらに話は面妖な趣を放っていくのである。
ちなみに鹿島昇は本業が弁護士、鬼塚英昭は竹細工職人の傍ら近現代史の研究に取り組んだノンフィクション作家だ。
ともに在野の歴史家として一部に根強いファンを持つ。
鹿島は01年に、鬼塚は16年に、それぞれ鬼籍に入っている。
なお、ふたりの著作に「田布施システム」なる文言は一切使われていない。
これは両書に影響を受けたネットユーザーによる造語である。
引用、援用、コピーが重ねられ、いまでは原典を離れて「原発利権」や「TPP」までもが田布施システムの落とし子に位置づけられるようになった。
いわゆる"トンデモ論"の類として一蹴したくもなるのだが、流布される陰謀論がときにそれなりの説得力を持ってしまうのは、随所に否定できない「事実」をちりばめることで、全体を「真実」に底上げしているからでもある。