石炭から天然ガスを生み出す微生物
「コールベッドメタン」という言葉をご存じだろうか。
じつはこれ、石炭層に含まれる天然ガスのこと。その主成分はメタンガスで、「炭層メタン」ともよばれている。
このコールベッドメタンにいま、新たな天然ガス資源として世界中の注目が集まっている。従来は炭鉱における爆発事故の元凶として厄介者扱いされてきたコールベッドメタンだが、石炭からメタンガスを回収する技術の進歩により、重要な天然ガス資源とみなされるようになってきたのだ。
米国、オーストラリア、中国などではすでに大規模な商業的生産が行われており、日本でも、2016年から北海道夕張市で試掘が始まっている。かつて「炭鉱の町」として栄えながら2006年に財政破綻してしまった夕張市が、“復活”の切り札として大きな期待をかけているのが、このコールベッドメタンなのである。

コールベッドメタンは、数百万年から数億年という長い時間をかけて、亜炭から褐炭、亜瀝青炭、瀝青炭、無煙炭と石炭化が進む過程で生成され、その中には微生物の活動によってつくられたメタンも多く含まれている。しかし、どのような微生物が、石炭中のどのような有機物からメタンを生成するのかはわかっていなかった。
一昨年、その謎を解明する突破口が開いた。産業技術総合研究所の研究チームが、単独で石炭から直接メタンを生成するメタン生成菌を発見。コールドベッドメタンの形成に、このメタン生成菌が重要な役割を担っている可能性を示唆したのだ。
いったいどんな菌が、石炭からメタンを生み出しているのだろう?
興味を抱いたブルーバックス探検隊は今回、研究チームのメンバーである産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループの持丸華子主任研究員と坂田将上級主任研究員を訪ねて、根掘り葉掘り訊ねてみた。
メタン生成菌って何? どこにいるの?
まずは素朴な疑問から。そもそもメタン生成菌って、どんな菌ですか?
「酸素がない環境下で有機物が微生物によって分解されると、水素、二酸化炭素、酢酸、メタノールなどができます。それらの有機物を食べ切ってメタンとして放出するのがメタン生成菌です。いわば、有機物分解過程の最後のプレーヤーですね。
メタン生成菌は水田や沼、地下、牛の胃など酸素のない環境に住んでいますが、じつは私たちのお腹の中にも住んでいるんですよ。おならに火が点くのも、お腹の中でメタン生成菌がメタンをつくっているから。例外はありますが、微生物由来のメタンは、ほぼすべてメタン生成菌がつくっています」(持丸さん)

メタン生成菌は細胞内に核膜をもたない「原核生物」の仲間で、生物学的には、大腸菌や乳酸菌、納豆菌などが含まれるバクテリア(細菌)ではなく、アーキア(古細菌)に分類される。
これまでの約半世紀のあいだに発見されたメタン生成菌は、およそ160種。いずれも、(1)水素と二酸化炭素、(2)メタノールなどのメチル化合物、(3)酢酸、のいずれかの経路からメタンを生成している。割合としては、水素と二酸化炭素を使ってメタンを生成している菌が最も多く、全体の4分の3ほどを占め、残り4分の1はほぼメチル化合物を利用している。
酢酸を使ってメタンを生成している菌も一部にいるが、これまでメタン生成菌が利用できる基質(エサ)は、おおよそこの3つに限られていた。
「160種というのは、実際に分離ができた菌の種類です。遺伝子から存在が推定されている菌はもっとたくさんありますが、その菌が何をしているのかは実際に分離してみなければわかりません。持丸さんは、そういう新しい菌を分離している研究者の一人です。
そして、持丸さんが分離した菌の中に、これまでとは違うエサを利用してメタンを生成している菌がいました。AmaM株というメタン生成菌です」(坂田さん)