2018.10.03

設計者が明かす、カープ3連覇を生んだマツダスタジアムの秘密

「また行きたくなる」球場の思想
仙田 満

高くても売れるシート

応援団のためのパフォーマンスシート

新球場はバラエティに富んだシートのスタイルも売りである。

ライトスタンド2階席に浮かぶように設置された応援団のための「パフォーマンスシート」。3塁側内野スタンドとビジターパフォーマンスシートを結ぶ高さ8mの橋上に設置された「ゲートブリッジ」。ライトスタンドの下に設置されたグラウンド地表面より85cm低い「のぞきチューブ席」など。

旧球場では11区分だった観客席チケットは、新球場では27区分とより細分化されている。

「ゲートブリッジ」は設計当初、ただの客席をつなぐための通り道でしかなかったのだが、カープオーナーの「ここは絶対に高くても売れる」という鶴の一声で、有料の観客シートとなった。

ゲートブリッジにも観客シートを作った

レフトスタンド砂かぶり席の後方に設置された「ただ見エリア」は、壁の一部が取り払われているため、球場の外から無料で試合を観戦できるようになっている。

また、車いす利用者のために、最大300席を用意している。車いすに乗る方は一人ではなかなか来られないため、家族や友人など、多人数で来場する。これも入場者数の向上に一役買っている。様々なハンディキャップを抱えている人たちのために、エントランスから幅10m、長さ200mのスロープが、大きな役割を果たしており、さらにエレベーターも6ヵ所設置している。

これらの取り組みが、バリアフリー、ユニバーサルデザインの観点からも高く評価され、第3回国土交通省バリアフリー化推進功労者大臣表彰も受けている。

バリアフリーデザインは、ハンディキャップの人たちのため、ユニバーサルデザインは、すべての人のためのデザインである。人間、誰もが一生のうちに、何らかのハンディキャップを背負う。私は、眼鏡がないとものがしっかり見えない。また、年をとればいつか足が衰え、そのうち耳も聞こえづらくなるだろう。

世界的な大ヒット商品となったウォシュレットの原型は、もともとアメリカで研究されていたお尻をふけないハンディキャップを持つ人のための医療機器だった。

しかし、その型を日本企業が輸入して、暖房便座、温かいお湯が出る製品として改良。誰もが欲しがる、使いたいと思う商品に生まれ変わった。今では、ハンディキャップを持つ人のための便器ではなくなっているのだ。すぐれたユニバーサルデザインは商品や空間の価値をあげ、マーケットを広げる好例である。

幅10m、勾配20分の1のアプローチスロープ等、広島市民球場のユニバーサルデザインの徹底は観客増に極めて大きく寄与している。

そんなさまざまな工夫と遊環構造を備えた新球場は2009年のシーズンに完成した。2009年の春に間に合わせる、さまざまな事情から、基本設計と実施設計をあわせた設計期間は通常の半分10ヵ月だった。工期も17ヵ月と、従来の工期の3分の2程度になっている。

旧球場と比べて座席数は1割ほど増えてはいるが、200%ほどの年間観客動員数を今も継続できている。ほかのプロ野球場のリニューアル後の平均来場者数が115%(すなわち15%増えただけ)といわれているので、どれほどたくさんの人たちに愛され、訪れやすい球場となったかおわかりいただけると思う。

ちなみに球場の向きは東北東である。開場の日、たぶん野球関係者の方と思われる人から「この向きでは野球がやりにくい」と言われた。確かに今までの日本の球場の多くは北か南向きである。

しかし、開場当時のブラウン監督はこの球場をとても気に入ってくれた。私のプレイヤーよりも観客第一の計画を理解してくれた。「とても良い球場だ」とほめていただいた。

この向きだとデイゲームでも内野席の観客は太陽が目に入らず、プレーが見やすい。観客がいかに快適に野球と野球の空間を楽しめるか、というところに焦点をあてた球場なのである。

臨場感ある球場に子供も大満足

コストとのたたかい

建設コストに関しては、設計コンペの際の予算条件は90億円に設定された。建築費というものは、建築家がやりたいことを考えて、それを積み上げた結果、「このくらいかかります」というやり方もある。

ただ一方で、この予算の範囲で何ができるのかという進め方も、もちろんある。工業製品のほとんどがそうだと思うが、例えば、この車を450万円で売ろうと最初に価格を決め、そのために何を足し、何を削るかというふうにアイディアと努力を重ねていくわけだ。建築設計の世界でもその手法を使うことは可能なのだ。

積み上げ型ではなく、私は「目標型設計」と呼んでいるが、どういう素材を使って、どういう仕上げを施してと細かく計画しながら、90億円という予算内で完成させるための新球場の建築プランを一所懸命考え、90億円を超えないようなプランニングを行った。

もちろん、できるだけ多くの人たちが球場を訪れたくなり、また、訪れた人たちがもう一度来たくなる施設を頭に思い浮かべながらである。

というわけで、新球場を設計するための一番の課題は90億円という予算を守ることだった。時に大型の建築は、どういった構造を選択するかで価格が大きく変わってしまう。

この時、私はプレキャスト・コンクリート(PC)工法を選択した。工場で、球場建設に必要とされるコンクリート部材を先に造り、それを現場で組み立てるというものである。そのほかの工法として、現場打ちコンクリート(RC)工法、鉄骨(S)工法がある。ちなみに、アメリカの球場のほとんどが主にS工法を採用している。

私も当初はS工法を考えたが、当時は中国の建設需要がとても高まっており、鉄の価格が高騰していた。RCももちろん検討したが、これは手間と時間がかなりかかってしまう。だからPCなのであるが、実はPC業界各社は横のつながりがしっかりしており、なかなか価格の融通がきかない。

そこで私は、「PCを使いたいが価格競争をしないなら、今後、建築家はPCを使わなくなる」と各社に交渉し、何とか想定内のリーズナブルな価格で活用することができた。

左右非対称のかたち、バラエティに富んだシートの設置など、新球場の複雑な構造に関しては、私の大学の後輩で、日本を代表する構造家である金箱温春さん(金箱構造設計事務所)に依頼した。大部分をPCでまかない、複雑なシート部分にのみ鉄骨を活用。建築費を押さえながら、信頼性の高い構造をもつ建築となった新球場の実現は、彼の力によるところも大きい。

もうひとつコストを落とせたポイントがある。私は過去に商業施設も多く手がけていたが、顧客から見える場所は豪華にしっかりと仕上げ、バックヤードに関してはペンキも塗らないなど、小さなコストを徹底的に削っていった。新球場もそのような努力を重ねていったことで、この規模だと、従来125億円程度かかるところを90億円と全体のコストを下げることにつながっている。