2018.10.17

人気「中国史マンガ」古典から新作まで、比較してみたら分かったこと

歴史を超える歴史作品の数々をみよ
安田 峰俊, 現代ビジネス編集部 プロフィール

時代考証がスゴイ『龍帥の翼』

――近年は資料が入手しやすくなった影響か、時代考証が正確な歴史マンガも増えています。

安田 ですね。例えば先に挙げた『龍帥の翼』は、考証の面が相当しっかりしています。中国古代史が専門で博士課程まで行った友人に、この漫画について聞いてみたのですが、作中で出てくる小物や、登場人物の動作なんかが、それぞれ裏付けられていて驚いたと言っていました。秦軍の鎧のデザインなんかも、例えば『キングダム』と比べてもより史実に近いみたいです。

――すごいですね。ツッコミ所が少ないんですか。

安田 あえてツッコミ所を聞いたら「盾の裏側に角材が使われていたが、この時代に角材はなかったかもしれない」とか「馬車の縦幅が、戦国時代(中国)の出土物の壺に描かれた馬車と比べて長い」とか。逆に言うとそのくらいしかなかったみたいです。

あと、『龍帥の翼』は別な意味でもすごいんですよ。従来、歴史マンガは吉川英治や司馬遼太郎なんかの小説のストーリーをベースにする例が多いんですが、『龍帥の翼』は正史の『史記』の「留侯世家」がベースです。

 

――ちょっと難しい話になってきました。

安田 『史記』は漢の司馬遷が著した中国の歴史書です。記述を出来事順に並べた記述(編年体)ではなく、歴史上の人物それぞれに事績をつたえる伝を立てる形(紀伝体)で書かれています。

わかりやすく会社の社史を例に説明すると、創業から現在までの経緯をザラッと順番に述べるのが編年体、歴代の社長や経営陣や目立った社員の事績を「〇〇社長の会社人生」とか「✕✕社員の会社人生」とか別々に書いて、それを合わせたのが紀伝体です。

――紀伝体で社史を書く会社は少なそうですが(笑)、イメージはつかめました。

安田 『史記』の「留侯世家」というのは、漢の功臣だった張良という人の事績を記した部分です。本文は漢文で5000字弱くらいで、注釈も加えるとそこそこの情報量があります。『龍帥の翼』はこれをベースにした上で、大胆なアレンジを加えているわけです。

例えば、若い頃の張良が謎の老人から太公望の兵書を受け取るくだりは『史記』のなかでかなり有名な部分です。横山光輝先生の『項羽と劉邦』や本宮ひろ志先生の『赤龍王』でも描かれている。いっぽう、『龍帥の翼』はこういうメジャーすぎるシーンについては、わざと「張良の作り話なのだが、後世に事実として残った」みたいな設定にしている。

いっぽうで、張良が「道引(導引)」という一種の養命体操を嗜んでいた……、みたいな細かい部分については、ちゃんと『史記』「留侯世家」の記述を反映している。作者の川原先生は相当調べていますよね。

中国史マンガはビジネスの役に立つか

――『史記』や『三国志』をはじめ、中国の歴史書は多くの人物が登場します。彼らの姿から、ビジネスに役立つ教訓を汲み取ることはできるでしょうか。

安田 うーん……、微妙かもしれません。特に「史記に学ぶ人心掌握術」とか「三国志に学ぶマネジメント」みたいなのはしんどいでしょう。現代の中国人すら理解が大変なのに、2000年前後も昔の中国人の人心掌握術とかマネジメントとか、理解するのは難しいような(笑)。

ただし、「歴史マンガ」は別だと思います。漫画家の方の多くが現代の日本人である以上、作品中の舞台がどの時代のどの国であれ、キャラクターの性格や行動には現代日本の価値観が反映されます。歴史モノのウリは群像劇や、ピンチにあたっての登場人物の行動の描写だと思うのですが、人間関係や人物の心理から汲み取れる教訓があるのではないでしょうか。

また、単純に古典の故事や人名を多く覚えておくことで、中国人と会った際にちょっと尊敬されるケースは意外と多くあります。漢文で『史記』を読もうとすれば大変ですが、マンガというメディアであればちゃんと読めますし、頭にも入ります。

歴史マンガは実用のために読むものではないけれど、娯楽として楽しむなら、副産物的には案外役に立つ疑似体験や知識を得られる。そういうもののような気がします。

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