がんを攻撃する細胞の「ブレーキ」を外す
というわけで、オプジーボが効くわけを、わかりやすく説明してみよう。
人間の身体には、細菌やウイルスなどの“異物”を認識して攻撃してくれる免疫細胞がある。いわゆる白血球の一種である。
この免疫細胞は、クルマと同じで、アクセルとブレーキを備えている。アクセルを踏み込むと免疫細胞が活性化されて、攻撃力が高まる。ブレーキを踏むと、免疫細胞はあまり攻撃しなくなる。アクセルはともかく、なぜブレーキが必要なのだろう?
仮に、免疫細胞にブレーキ機構が備わっていなかったらどうなるか。
答えは簡単だ。ブレーキの効かなくなったクルマが暴走して事故を起こすように、免疫細胞も攻撃が止まらなくなり、場合によっては自分自身のからだを攻撃し始めるだろう(アレルギー疾患などは、まさに免疫細胞が自分のからだを攻撃することで起きる)。
がんの治療法としては従来、免疫細胞を活性化する、すなわち「アクセルを踏む」研究ばかりがおこなわれてきたが、本庶さんたちの研究のすごいところは、「ブレーキを外してみたらどうなるか?」という逆転の発想にある。
免疫細胞がもっているブレーキボタンには、「PD-1」という名前がついている。なんと、がん細胞は、このブレーキボタンを押すことで、免疫細胞の攻撃を抑え込んでいたのだ。
オプジーボという薬は、このブレーキボタンに「ふた」をしてしまい、ブレーキを利かせないようにする。ブレーキの外れた免疫細胞は、がん細胞を攻撃することが可能となり、患者さんは、自らのからだの免疫力によって、がん細胞を撲滅することができる!
オプジーボが効かない人がなぜいるのか?
もちろん、こうやって単純化して説明すると、いくつもの疑問が湧いてくるだろう。
まず、ブレーキが効かなくなったら、免疫細胞は自分のからだも攻撃してしまうのではないのか? たしかに、そういった副作用はある。特に、内臓疾患を抱えている患者さんの場合には、専門の病院で、薬の投与により副作用を抑える必要がある。
また、ブレーキを利かなくしたら、どんな患者さんでもがんが消えそうなものだが、実際には、オプジーボが効くのは、2割から3割の人に限られるという。それは、なぜなのか?
理由は複雑だが、そもそも人によって免疫力が違うから、ブレーキを外してもがんへの攻撃が十分にならない場合もあるだろう。また、ブレーキはPD-1だけではなく、他に何十種類ものブレーキボタンがあるという。別のブレーキを(も)外さないと、がんが消えない可能性もあるわけだ。
今後は、本庶さんが発見したPD-1以外のブレーキボタンにふたをする薬が続々と登場するだろう。それらの薬の組み合わせによって、より多くの患者さんのがんが治療できるようになるかもしれない。