3年目、同期で最初の引退選手となる
3年目のシーズンが明けると、肩の状態は再び後退していた。サイドで投げても球速は130キロがやっと。再びフォームを上に戻してみたが134キロまでしか戻ってこない。
その年、育成枠で入ってきたルーキーに、同じ左腕の砂田毅樹がいた。1年目から「支配下になるだろう」と首脳陣から期待が寄せられていた砂田が力のあるボールを投げるのを見る度に、「自分はこのレベルには届いていない」と弱気になった。
8月、肩痛が治らぬまま、今度は左肘を故障した。必死のリハビリでなんとか投げられるまでに回復する頃には、3年間で最も苦しかったシーズンは、1試合も登板がないまま終わっていた。
10月3日の夜は、渡邊雄貴、伊藤拓郎と3人で横須賀のスーパー銭湯へと出掛けていた。
「俺たち、電話が掛かってくるかもな」
自然とそんな話が出るほどには、覚悟はしていた。
2時間ほど滞在したのち、ロッカーで着替えをしていると、携帯に見覚えのない番号から着信があることに気付く。伊藤拓郎にも同じ番号から着信があるという。ひとり着信のなかった渡邊雄貴は、なんとも気まずい空気のなか、それでも頭を巡らせ、動揺する2人に精一杯の声を掛ける。
「どんまい」
予想通り電話の内容は球団からの呼び出しだった。
「明日、事務所に来てください」
古村は寮の自室へ戻ると、同じく電話のあった北方とトラヴィス、伊藤拓郎が自然と集まってくる。各人の話を併せると、それぞれ15分おきに事務所へ呼ばれている。それが通告であることは間違いなかった。
「これからのためにも、明日しっかりと話を聞いてこいよ」
その夜、副寮長の三嶋輝史から言われた言葉の意味が、うまく飲み込めなかった。
翌日、関内の球団事務所へ行くと、高田GMの口から、戦力外であることを告げられた。
しかし、その話には続きがあった。
「他球団で現役を目指すのもいいが、選手としての実績がない以上、どこの球団からも評価はされづらい。それでも、古村がこれまで地道に努力を積み重ねてきたことは皆が知っている。今度は裏方としてベイスターズを支えてくれないか」
戦力外で頭が真っ白になっているところに、バッティングピッチャーとして球団に残ってほしいという要請は、簡単に受け止められるものではなかった。
「肩が治れば、やれる自信はある」
入団以来ずっと抱いてきた思いに、「実績のない選手を獲る球団はない」という言葉が重くのしかかる。その通りだった。自分にはそれを言い返すだけの材料がない。
古村は正式な回答ができないまま、球団事務所を後にした。
この日、球団から戦力外通告を受けた日本人選手は12名。そのうち北方、トラヴィス、伊藤拓郎、そして前年、育成から支配下登録され一軍登板も果たした冨田康祐と、2011年にドラフト指名を受けた投手全員が、わずか3年で戦力外の通告を受けていた。
TBS時代、投手力の不足を補うべく、毎年のようにドラフトで投手を獲得してきたが、DeNA体制へ移り、新体制での編成が考える投手の適正人数は、明らかにキャパオーバーだった。
「ファームでの登板機会 はドラフト上位の若手や1軍からの再調整組がどうしても優先される。これだけ多いと調子が良くても投げさせてもらえないという選手が出てくる。完全に編成の、ひいては俺の責任。申し訳ない事をしてしまった」
高田GMが新聞記者に苦しい胸のうちを語る。
「うちではチャンスがなかったが、彼らはまだ若い。外に出てチャンスを掴んでほしい」
そんな声に応えるように、北方悠誠、伊藤拓郎、佐村トラヴィス幹久、冨田康祐らは現役続行を目指して始動する。
その中で唯一、裏方としての打診があったのが古村だった。
何も実績を残せていない自分が、誘いを受けたことは光栄だった。現役にこだわって球団の誘いを蹴り、トライアウトを受けても、どこからも引きがなければベイスターズにも戻れない。指名してもらいながら、何も返せないまま終わってもいいのか。
北方、伊藤、冨田ら2011年ドラフトの同期は、現役続行のトライアウトに向けて準備を進めていた。そんななか、古村は引退を決断する。同期で最も早い、わずか3年での現役引退。バッティングピッチャーになると決めた日。古村は泣いた。
「自分はできる」
そう信じていながら、現実ではなにもできなかった自分が悔しかった。自分を獲ってくれたベイスターズ、“伸びしろ”を信じてくれた人たちに応えることができなかったことが悔しかった。
しかし、裏方として働くと決断した以上、現役への未練は断ち切る。チームに少しでも貢献できるようになろう。応援してくれた人たちに少しでも恩返しできるようになろう。
そんな思いで、古村はこの時、グローブにはじめて刺繍を入れる。
深い意味は考えず、気にいっていた言葉を入れた。
“花は咲く”
2011年に起きた東日本大震災の後にテレビから聞こえてきた言葉だった。
(次回「第2章 帰ってきた男・古村徹②」に続く)