「今日、谷津は来るの?」
長州さんと藤波さんの二人は、かつて「名勝負数え唄」と呼ばれた関係である。

真説・長州力を書く際、ぼくは藤波さんに話を聞いている。取材が終わり、藤波さんをタクシーで青山に送り届けた直後、ぼくの携帯電話が鳴った。取材で言い忘れたことがあるという。わざわざそれを知らせてくれるとは、真面目な人なのだと思った記憶がある。その後、『真説・佐山サトル』の取材でも電話を入れていた。
お久しぶりですと挨拶すると、藤波さんは立ち上がり、「どうも」と軽く頭を下げた。
「本当はこの日、予定が入っていたんだけれどね、ちょうどずらすことが出来たんですよ」
いつものように丁寧な口調だった。
この日、写真撮影を担当していたジェントル高久こと高久裕さんも交えて、谷津嘉章さんなどのレスラーの近況の話となった。
谷津さんは長州さんと同じ元アマチュアレスリング出身でオリンピック出場の経験がある。
すると藤波さんは、「今日、谷津は来るの?」と真顔で訊いた。谷津さんは長州さんが立ち上げたWJという団体に加入したが、決裂、長らく没交渉となっている。来るはずはないですよと、ぼくたちは苦笑した。
席次表を開くと、レスラー関係で呼ばれているのは、藤波さんと小林邦昭さん、レフェリーのタイガー服部こと服部正男さんの三人だけだった。
小林さんは初代タイガーマスク、佐山サトルさんのマスクを剥ぐ、〝虎ハンター〟として有名ではあるが、長州さんの〝維新軍〟で行動を共にしたこともある。
長州さんが声を掛ければ、もっと多くのレスラーが駆けつけたことだろう。しかし、敢えてその三人にしたのが、控えめな彼らしいと思った。