36年ぶりの快挙!全米図書賞を受賞した多和田葉子作品の静かな迫力

多和田葉子、全米図書賞受賞の理由①
阿部 公彦 プロフィール

この国の嫌な部分を毒で描く

この未来世界の特徴は、何より言葉に表れている。そこでは、すたれた性交を奨励する「枕の日」が制定され、乳母車を押して町を歩き回ろうという「うばぐるま運動」も推進中。喫茶店内は乳母車の駐車場と化す。

無名は義郎から、言葉についてさまざまな教えを授けられる。「そう言えば、曾おじいちゃんがいつか笑いながら教えてくれたっけ。『テンション』は外来語だから『テンション高い』なんて言っている子がいても真似しない方がいいけれど、『つれしょん』という言葉があって、これはどんな国粋主義者も認める紛れもない立派な日本語だから、どんどん使えって。友達といっしょに尿をハッスルと勢いがいいし、それはうちとけた話をする絶好の機会でもあるって言ってた」。

 

ちなみに「つれしょん」の一節を、訳者のマーガレット満谷は以下のように訳している。

That reminded him of something Great-grandpa had said about words. He mustn't copy kids he heard using foreign words like peppy or potty, but peebuddy ― Great-grandpa had laughed when he said it ― was entirely different, a word even the most extreme nationalist would accept as bona fide Japanese, so he should feel free to use it;

いかがだろう。peppy「元気いっぱいの」とpotty「夢中の」が、peebuddyとかけられる。pee「おしっこ」+buddy「仲間」=peebuddy「つれしょん」という語は初めて知ったので勉強になった!(ちなみに女性用の立ちション具の商品名でもあるらしい)。

「献灯使」に描かれるのは大災厄で壊滅的な被害を受けた日本である。今の私たちがよく知るこの国の嫌な部分、変な部分をこれでもかと拡大。隠れた病巣もしっかりとらえられる。でも、単なる批判や風刺とは違う。野放図で迷走的で自壊的。だから毒も強烈。

圧倒的なのは語りの勢いだ。言葉がどんどん走り、あれよあれよと連なる。「ミルクのにおいのする善意の中には、暗くひねくれた作品の執筆に没頭して家族を顧みない男性作家への憎しみが硫酸のように含まれていて、気を許していると義郎の手の甲にこぼれおちて肌を焼く」。この静かな迫力はまさに多和田節だろう。

真面目なのかふざけているのかわからなくて落ち着かない、と思う読者もいるだろう。正しい反応である。その落ち着かなさが私たちの足元を突き崩す。多和田ワールドはそうやって私たちを引きこむのだ。多和田葉子の真実は岩の形はとらない。流れる川のような真実がここにはある。ライオンは、水のように絶えず変貌する。そこに「本気」をのぞかせる絶妙な技をこの作家は知っているのだ。

(「群像」2019年1月号掲載)

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