「新反動主義」「暗黒啓蒙」との共振
これらI.D.Wの動きを、近年になって浮上してきた一連の「ダーク」な思想の系譜のもとに捉えることも可能かもしれない。
たとえば、オルタナ右翼にも影響を与えたとされる新反動主義と呼ばれる動向。その首謀者の一人である哲学者のニック・ランド(Nick Land)は、2012年にその名も「暗黒啓蒙」(The Dark Enlightenment)と題した文章を発表している。
新反動主義は、民主主義は非合理的なシステムであり、ある種の君主制の方が適しているといった主張から、彼らが「大聖堂」(cathedral)と名付ける、リベラル社会のイデオロギーを支えるアカデミズムとメディアから成る複合ネットワークに対する批判などを含み、少なくない部分においてI.D.Wの思想とも共振している。
新反動主義は、ピーター・ティールによる「自由と民主主義はもはや両立すると思わない」という発言から少なからず霊感を受けている。誰あろう、先にも述べた、I.D.Wの名付け親であるエリック・ワインスタインが常務取締役を務める、あのティール・キャピタルのティールである。
とはいえ、新反動主義はあくまでアンダーグラウンドな動向だったが、I.D.Wはそれと比較にならないほどの数のオーディエンスを集めている。あるI.D.Wの論客のユーチューブチャンネルは70万人以上の登録者数を稼いでいる。
I.D.Wの面々が登壇するトークイベントは、ロンドンのコンサート用アリーナを聴衆で満員にした。ジョーダン・ピーターソンの自己啓発書『生きるための12のルール』(未邦訳)は欧米でベストセラーを記録中だ。
I.D.Wは、社会的価値観(たとえば「正義」)より「真実」「ファクト」「合理」といった科学的リアルを信奉する。その意味では、形式的にはエビデンス至上主義といえる。だがその一方で、彼らは「ポスト・トゥルース」に象徴される、感情に訴えかけるオルタナ右翼の論客とも近い位置にいる。そのことの奇妙さは今は措こう。
だが確実に言えるのは、現在リベラルがある危機に立たされているということ、すなわちエビデンス至上主義と感情にもとづくポスト・トゥルースという両極の側から挟まれ攻撃を受けているということである。このような困難な状況のもと、リベラルはどのような道を模索していくべきなのであろうか。