元暴力団員に聞いてわかった「辞めてから5年間の厳しすぎる現実」

保険も入れず、保育園の入園拒否も…

暴力団の弱体化と北風の政策

全国の指定暴力団構成員等(構成員及び準構成員を含む)数は、平成29年末時点で34,500人、前年と比べ4,600人減少した。うち、暴力団構成員の数は16,800人で、前年に比べ1,300人減少し、準構成員等の数は17,700人で、前年に比べ3,200人減少した。

2010年以降、全国の自治体で暴力団排除条例(以下、暴排条例)が制定された後、暴追センター(暴力追放運動推進センター)などの支援によって暴力団を離脱した者の数は、年間およそ500~600人で推移している。

暴排条例は法律ではないが、全国的に施行されているため法律同様の効果がある。この条例によって、暴力団のシノギ(資金獲得活動)が制約され、暴力団では「食えない」時代になっている。

 

筆者は、2014年から約1年間、日工組社会安全研究財団の助成金を受け、西日本の暴力団離脱者、元親分など11人を対象に「なぜ離脱したのか」「いかに離脱したのか」を知るために、刑務所以外の場所で精緻な聴き取り調査を行った。

その結果、「子どもができた」「(子どもに会えないことによる)自由刑の忌避」、「親分の代替わり」などを契機に暴力団を離脱していることが分かった。

加えて、暴力団を離脱する際、組織の制裁などは課されなくなっており、離脱自体は容易であることが確認できた。詳細は、2017年に上梓した、角川新書『ヤクザと介護』に詳述している。

〔PHOTO〕iStock

2010年に福岡県が全国に先駆けて暴排条例を制定して以降、暴力団離脱者が増加した理由は、単純に暴力団では「食えない」「(家族を)食わせられない」ことも一因であろう。

そもそも、1991年に制定され、翌年施行された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴力団対策法)により、一般社会と暴力団との間に壁が生じた。この壁を、より高く強固にしたものが暴排条例である。

現在の日本において暴力団員であることは、憲法で保障された「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利すら保障されない。これでは、妻子持ちの暴力団員が辞めたくなることは首肯できる。

暴排条例という「北風の政策」は、暴力団である当人以外に、その家族にまで不利益が及んでおり、離脱者が増え、暴力団人口が減少の一途をたどることは当然であるといえる。

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