腰痛は「ウォーキング」で、なぜ良くなるのか?
「心療整形外科」を始めた医師が説く・前編心療整形外科で腰痛が治る
「心療整形外科」をご存知ですか? この用語は、2005年に私が日本心療内科学会誌に書いた学術論文の中ではじめて登場しました。
腰痛の原因はもちろんからだにあるのですが、ストレスや不安といった「こころ」が密接に関係しています。このような心理的なことを踏まえながら腰痛を治すのが「心療整形外科」なのです。
心療整形外科は私の提唱が十数年前、初めて私が一般書を上梓したのが2013年であり、まだ生まれたての学問です。
患者さんは自分の腰痛は「からだ」に原因があると思うから整形外科を受診します。それなのに整形外科医から「腰痛が長びいていますね。メンタルな問題もありそうだから、ちょっと心療内科を紹介してみますね」なんていわれたら、きっとびっくりしてしまうでしょう。
患者さんは「この医者は私の腰痛を気のせいだ、心の問題だと思っているのか」と考えてしまいます。この瞬間、患者さんと医者の信頼関係は崩壊して、治る腰痛も治らなくなってしまいます。
心理的な治療を心療内科に丸投げするのと、整形外科医自身がするのでは、患者さんにとっての意味がまったくちがうのです。
このことに気づいた私は、整形外科医をしながら精神科と心療内科の勉強をすることにしました。今から20年ほど前のことです。しかし当時の整形外科の中では、私の考え方はきわめて奇矯で特殊な考え方でした。ですから整形外科の学会でこのような発表をしても全く相手にされませんでした。
ところが、心療内科では「整形外科医で面白いことをやっている奴がいる」というように次第に認知されるようになってきました。心療内科学会や心身医学会で「運動器疾患に対する心身医学」というようなテーマで、シンポジストや講演を頼まれるようになってきました。
心療内科医たちは、心理的治療について興味を持っている整形外科医がいないことを感じていたのです。心療内科学会に出る整形外科医など皆無だった時代です。
そして2012年に画期的なことが起こります。その年、学会から出版された腰痛の治療指針「腰痛診療ガイドライン」に「認知行動療法は腰痛の治療に有用である」ことが初めて記載されたのです。認知行動療法は、精神科や心療内科で行われている代表的な心理的な治療法で、簡単にいえば、患者さんの考え方(=認知)を修正することによって生活(=行動)を改善する方法です。
ガイドライン出版以前は、整形外科といえば「切った、はった」の外科の世界。「手術で治すか、薬や注射で治す!」というのが当たり前の考えだったのです。そんな整形外科の治療指針に「認知行動療法が有効」と明記されたことは地殻変動的転換でした。
このような経過で、私が初めて提唱した「心療整形外科」は少しずつ理解され、使われるようになってきています。近年、整形外科でも患者さんの「こころのケア」の大切さが認識されるようになってきました。20年前に私がはじめた活動にやっと学会や世の中が追いついてきたのです。
今では腰痛に心理的な要因が関係していると考えることは、整形外科医の間でもごくふつうのことになっています。全国すべての整形外科医が、20年前に私が始めたような心療整形外科的な視点をもって腰痛を治療していく時代になったのです。

慢性の腰痛で仕事を辞めてしまった患者さんの話
心療整形外科的手法でどのように腰痛が治っていくのか。まず、いろいろな病院で「レントゲンを撮っても異常がないので様子をみましょう」と言われて、納得いかずに私のクリニックを訪れた患者さんの話を紹介しましょう。
実は腰痛の大部分の原因はいまだに医学的にわかっていません。しかしほとんどの腰痛はちょっとしたことで治ってしまいます。この患者さんはその象徴的なケースです。
ある会社の事務職として働いていた32才の女性Aさんは、数年来の腰痛に悩まされていました。立ち上がる時にずきんと腰が痛くなるばかりでなく、座って仕事をしていてもジワジワと腰から背中にかけて張ったような痛みが出てきます。
1日の仕事が終わると背中から腰にかけてパンパンにはっていて、時には眠れないくらいの痛みがありました。さらに社内の配置転換で部署がかわり、新しい上司との折り合いが悪くうまくいきません。その緊張やストレスが高じたのでしょうか、腰痛がさらに激しくなり、仕事を休みがちになりました。
ところがワラにもすがる思いで医者に行って、レントゲン撮影などで検査をしても、「異常はありません」と言われ、結局痛み止めを出されただけ。納得できずに3ヵ所ほど整形外科をまわり、診察と治療を受けました。それでもよくならず、ついには仕事を辞めてしまったのです。
私のクリニックに来院したときには、ほとんどの時間を家で1人で過ごしており、Aさんは自嘲気味に「ニートみたいな生活になってしまいました」と、力なく笑っていました。
腰痛や肩こりには「ストレス」や「不安」が深く関与しています。しかし彼女は仕事を辞めてしまったこともあって、腰痛が悪化したことを「こころ」やストレスのせいにしたくない気持ちがありました。
どこの医者に行っても原因はわからなかった。けれど、「自分の腰痛は腰自体に原因がある」、つまり「からだが原因」と考えていたのです。
原因がからだだけにあると確信していたからこそ彼女は整形外科医を受診したのであり、心療内科やメンタルクリニックを受診してみようとは、考えもしませんでした。当たり前のことです。どこの世界に腰が痛いのに心療内科に行く患者がいるでしょうか。
私が診察や検査をしても、Aさんの腰に明らかな異常はありませんでした。ただし、整形外科的に異常が見つからなければ「じゃあ、こころが痛みの原因だ」というのは暴論です。腰が痛いのなら腰のどこかがぜったいに悪い。
こころの不調で腰だけが痛くなるなんて、そんなことあるわけない―――、実はこれが私の基本的なスタンスです。彼女が痛いといっている以上、腰のどこかに必ず痛みの原因があるのですが、それを医者が「医学的に」「しっかりと」解明できないだけなのです。
このジレンマに悩んでいるのはAさんだけではありません。腰痛持ちの人の多くは、この「納得できないジレンマ」に悩んでいるのです。