2019.02.04
# 日本 # 本

沢木耕太郎が70歳を過ぎても「文章の探求」を続けられる理由

無駄、好奇心、河を泳ぐ力
石戸 諭 プロフィール

テレビからの影響が、僕の角度になった

無駄――。沢木は、最近「野性時代」(2019年1月号)で書いたエッセイ「三つの言葉」にこんなことを書いている。

「過去の、あらゆる無駄と思われる時間が、ノンフィクションの書き手にとっては黄金の時間となる。(中略)膨大な無駄な時間から生まれてくる好奇心の角度。それが、ある対象とぶつかったとき、独自の掘り進め方をさせることになる」と。

経済学部の卒業論文で、カミュを論じる。これこそ無駄でありながら、後に黄金の時間となったのだろう。

《影響を受けるのは違うジャンルのものだよね。ノンフィクションを書くのに、ノンフィクションからだけ影響を受けても、結局はどこかにあるノンフィクションしか書けない。

小説や映画はもちろんだけど、絵画とか科学から影響を受けても面白いよね。

いまの君が僕の作品を読んで影響を受けたと言ってくれる。それも君にとっては無駄のうちの一つだよね。それ以外の無駄が集まって君だけの角度になる。

様々な無駄と好奇心が集積して角度ができる。それが大事なんだと思うよ。

そういえば、思い出したんだけど僕が最初にノンフィクションを書いた時に影響を受けていたのはテレビだった。

特に萩元晴彦さん、 村木良彦さんが作ったドキュメンタリー番組に影響を受けていた。彼らはTBS出身で、後にテレビマンユニオンを立ち上げる人たちなんだけど、萩元さんなんか寺山修司(劇作家)と組んで、街頭インタビューだけでドキュメンタリーを作るんだよ。

あっ若い自衛官や防衛大生を片っ端から捕まえて、インタビューをしたら書けるんじゃないかって思って、書いてみたのが「防人のブルース」(デビュー作)になった。

彼らが作った『現代の主役・小澤征爾「第九」を揮る』なんかも人物を書くときの影響は受けている。テレビを面白いと思って見ていた無駄な時間が、僕の角度になったんだね。》

やりたいことはどんどん広がっている

インタビューの終了時間が迫ってきた。最後に気になっていたことを聞こうと思った。

全エッセイ集を読むと「別れる」という章がある。高倉健、盟友だった写真家・内藤利朗、美空ひばり……。亡くなった人たちとの関係を綴ったエッセイが集められた章だ。

分量は決して少なくない。年齢を重ね、別れる人が増えた。沢木自身は自分の人生をどう捉えているのだろう。

残された時間を考え、もう収束を考えているのか。

《それがやりたいことはどんどん広がっているんだよね。別れる人は増えたけど、僕自身はそれによって変化することはない。

きっと2〜3年後に「えっこんなことをやるのか」と驚かせるような話をやることになると思う。ノンフィクションもさっきは偉そうに「自由に泳げる」とか言ったけど、今だって一個一個の作品に直面すると、どう泳ごうかなと悩むときがある。

この泳法で良かったのか、あとちょっとで岸にたどり着きそうだけど、違うかもしれないとかね。

ましてや小説はまだまだやりたいことがあるし、河をもっと自由に泳いでみたいと思っているよ。だから、まだまだ収束しそうにないかな。》

年を重ねれば、重ねるほど書く意欲が高まる。新しいことをやりたいと思う。そう楽しそうに語る沢木を目の当たりにすると、「職人」という言葉が頭に浮かぶ。

全盛期の名作をひけらかし、驕る職人ではなく、ただ一人で市井に生きながら、手に取る人が満足する「民藝」を作り続ける職人の姿だ。

過去にすがることなく、次を作り続ける姿勢こそが沢木耕太郎の真髄なのだろう。

彼は別れ際、さりげないエールを送ってくれた。それは私にだけ向けられた言葉ではない。この世界にいる書き手、あるいは書き手を志す全ての人たちに開かれたエールである。

《君たちみたいな若い世代が頑張らないとね。ノンフィクションも盛り上がらないからさ。しっかりした作品を書き続けるんだよ。》

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