持続可能な引出率
老後資産が枯渇するリスクを回避するために、元本を運用することで資産寿命を延ばすことを考えます。運用をしながら引き出す考え方として有名なものが、途中で資産が枯渇しないような引き出し額を推計する方法、「持続可能な引き出し率」です。1990年代の米国で論文が発表され、注目を浴びた考え方です。
「持続可能な引き出し率」は、たとえば「4%」といった「率」で表示されますが、引き出し開始時の資産(退職時点の資産)に対する「比率」として提示されるもので、実際には「資産残高×持続可能な引き出し率」で決められた金額が、その後ずっと引き出し額として固定されます(インフレを考慮してその分増やすことはあります)。
この方法のポイントは、引き出し額は定額ですが、途中で枯渇しない引き出し率を過去の資産クラスの収益率を使って、数千回といった膨大なシミュレーションを繰り返して算出することです。その結果、たとえば90%の確率で枯渇しない「収益率」といった数値を算出することができます。
収益率配列のリスク
ただ、この方法でも、金額を決めて引き出す限り「定額引き出し」に違いはありません。これが持つ、別なリスクにも気をつける必要があります。これが2つ目のリスクです。
つまり、運用を続けながら「定額引き出し」を続けていると、運用そのものによって元本が想定以上に毀損して、場合によっては途中で枯渇してしまうような「収益率配列のリスク」があるのです。
少し具体例で説明することにします。表に示したポートフォリオAの「定額引き出し」の欄を見てください。
保有資産1000万円で毎年40万円ずつ引き出して残りを運用すると想定します。運用する金融市場の収益率はその左側の欄に、1年目の15.3%の上昇から15年後の23.5%の下落まで想定しています。60歳から75歳までの15年間の運用状況は、平均収益率(年率)で0.9%、リスク指標である標準偏差で22.3%。この収益率と引き出し額で「使いながら運用する」ことを行った結果、15年後の資産額は670.4万円となりました。
一方、ポートフォリオBは、15年間の平均収益率が0.9%、標準偏差が22.3%という点はポートフォリオAと同じですが、毎年の収益率の並び方を逆にしています。1年目の23.5%の下落から始まって15年目は15.3%の上昇です。
もちろん、1000万円の資産で40万円を引き出して残りを運用するという方法も、ポートフォリオAとまったく同じです。しかし、この毎年の収益率の並び方が違うだけで、ポートフォリオBの15年後の残高は240.5万円と、670.4万円のポートフォリオAとは大きく違っています。
なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。これはポートフォリオBの場合、収益率の並び具合が前半に大幅なマイナスが続いて後半にプラスが多くなっているからです。大幅なマイナスが続いている前半に定額の引き出しを続けると、元本の減少を早めることになります。その結果、最後の方で収益率が回復しても、元本が大きく毀損しており、その回復力を享受できないのです。
これを避けるための「定率引き出し」
75歳以降に安定的な生活を望んでいる場合、Aのパターンになるのか、Bのパターンになるのかわからないのはかなり大きなリスクといえます。
これを回避する方法が残高の一定率を引き出す「定率引き出し」です。もう一度、上の表を見てください。
表ではポートフォリオA、Bともにそれぞれの右側に「定率引き出し」による資産の減少パターンを並べていますが、15年後の残高はともに621.7万円です。
毎年の収益率の配列を予測することはほとんど不可能なため、事前にポートフォリオAのパターンなのか、ポートフォリオBのパターンなのかを知る方法はありません。そのため、それを避けるには「定率引き出し」が有効な手段となるのです。