日本人であることを強要された「元BC級戦犯」の苦悶

いつ命を奪われるか分からない日々に…
栗原 俊雄 プロフィール

命を削った闘争

被害者たちは、その立法ができる政治や行政に長年、しかるべき対応を求めてきた。らちがあかないからこそ、司法に救済を求め命を削って闘争をしているのだ。裁判が続く中で、亡くなる人もたくさんいる。そうした事例を取材している私は、裁判所の裁量論は、立法という権限へのたらい回しであり、虐げられた人権の救済という役割を放棄した判断にみえる。

司法のたらい回しにあった李さんたちは、立法による解決を目指した。これに応じたのが、野党時代の民主党議員だ。2008年5月、議員立法を目ざし「特定連合国裁判被拘禁者特別給付法案」を通常国会に提出した。だが翌年の衆議院解散で廃案となった。翌年、民主党が政権を取っても成立しなかった。

民主党時代の法案をたたき台に、朝鮮や台湾出身で、BC級戦犯として有罪になった人や遺族ら計321人に対し、1人当たり260万円を支給することを柱とする内容だ。予算総額は2億5000万円。対象者全員が請求し認められれば総額はもっと多くなるがが、当事者の高齢化が進んでいること、また当事者側が手を挙げなければ支給されないことなどから、総額を下回る見込みとしている。

 

2億5000万円は、巨額ではある。しかし日本人の元軍人、軍属らに行われてきた補償や援護の累計60兆円にくらべたらどうだろう。あるいは日本政府が1機100億円以上するアメリカの最新鋭ステルス戦闘機F35を100機以上買おうとしていることも考えたら。1人260万円は、戦争=国策と差別によって人生を狂わされ、かつ戦後74年苦しんでいる人たちへの支給として高額とはとうてい言えない、あるいは信じがたいほど低額だと、筆者は思う。

「低額すぎるのでは?」。そう問う筆者に、李さんは「お金は象徴であって、それが目的ではありません。『戦犯』として亡くなった仲間たちの名誉を回復するため。私たち生き残った者の責務です」と話す。

かつて70人いた同進会の仲間で、存命なのは3人だけ。ここ数年、動けるのは李さん一人だ。国会が開かれる度に、議事堂の向かいにある議員会館で支援者らが集会を開き、李さんが立法を訴える。つえをつき、時には車いすで。

集会に何度も参加する議員は、戦後補償問題に意識の高い人たちだと思う。「日本人として恥ずかしい」と話す議員もいる。筆者も「日本人として恥ずかしい」と思う。

また議員は、「今度(の国会で)こそ(立法を実現する)」などと話す。しかし、実現に至っていない。「シベリア抑留や台湾出身者戦犯への援護などは、議員立法で成立しています。なぜ私たちだけが……」。李さんはそう話す。「同情はいらない。求めているのは日本政府の謝罪と補償です。私が言っていることは理不尽でしょうか。日本人と正義と道義心に訴えたい」。

 「日本人はいい民族だと思うんですよ。勤勉、まじめで……」。李さんはしばしば、そう話す。今井医師以外にも、李さんたちを支援した日本人はたくさんいたし、今もいる。しかし結果として、私たちの日本社会は李さんたちの願いに応えていない。

強靱な精神力と体力で生きてきた李さん。しかし近年は入退院を繰り返すなど、万全の体調ではない。彼の日本人観を裏切らない結末、法案の成立が待たれる。李さんは今、93歳だ。

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