女性の社会進出を促した一番の功労者は「生理用ナプキン」だった

知られざる「生理用品の歴史」
田中 ひかる プロフィール

生理用ナプキンの元祖

ちなみに、アメリカでは1920年代に、ベルトに吸収体をつるすタイプの生理用品が発売されていた。

日本で生理用品がなかなか進化しなかった理由はいくつかあるが、一つは根強い月経不浄視である。

初経を迎え赤飯で祝ってもらいながらも、「穢れの身」扱いされることで、女性たち自身が月経不浄視を内面化してしまっていた。

 

ナプキンが発売される少し前に初経を迎えた女性たちのこんな声が残されている。

「(初経のとき)母は、私をトイレの前にタライをもって連れて行きました。まず私に塩を振り、ついで『洗濯はここでするように。陽の当たるところでしてはいけない。ケガレテイルのだから』と言いました」
「生理は不浄という意識が強くて、母親も先生も生理用品の始末について、厳重に人にけどられないようにと言った。また、生理バンドの洗濯物は上からおおいをして、かくしていた」(2)

こうした月経観が、もっと快適な生理用品を使いたいという女性たちの切なる思いを封じ込めていたのである。

〔PHOTO〕iStock

果たして、日本の女性たちが便利で快適な生理用品を手にすることができたのは、アメリカから遅れること40年、1961年のことだった。

「40年間、お待たせしました!」のキャッチコピーとともに登場したのは、生理用ナプキンの元祖、「アンネナプキン」である。生みの親は27歳の主婦、坂井泰子だった。

坂井はそれまで、アメリカ製の生理用品を使っていたが、もっと快適で、日本人の体型にあった生理用品が必要だと考えた。そこで、出資者を募ってアンネ社を設立、一からナプキンの開発に取り組んだのである。

アンネナプキンはまたたく間に女性たちの支持を得て爆発的に売れ、ごく短期間で、日本の女性の標準的な経血処置法が、生理用ナプキンとなった。

(文中敬称略)

(1)(2)「女たちのリズム」編集グループ編『女たちのリズム――月経・からだからのメッセージ』現代書館、1982年

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