2019.02.27
# 自由民主党

日本の政治はどこから大きく変わっていったのか

小泉劇場に巻き込まれた政治記者の告白
菊池 正史 プロフィール

私も知らぬ間に観客になっていた…

そこに登場したのが小泉純一郎だった

斬新だった。「しがらみ」を調整するのが、それまでの政治の役割だったが、その「しがらみ」を「ぶっ壊す」と叫んだ。表で対立しても裏では手を握るという建前の政治を否定し、テレビの前で裏表なく「抵抗勢力」を罵倒した。

表舞台で闘いを演じる小泉劇場に多くの人々が興奮した。その魔力は、広く一般大衆に浸潤した。

私自身も小泉に概ね好意的だった。親しかったわけではない。野中とは対照的に、小泉が記者を懐に入れることはなかった。一方で、どの記者とも一定の距離感があった。だからこそ、他社の記者に食い込まれ、スクープを出し抜かれる心配もなかった。

我々を古い政治の不透明で複雑な利害調整の厳しい取材から解放してくれたのだ。奇想天外な小泉を追いかけるだけで、「劇場」の取材は事足りた。

正直に言う。私は、小泉劇場の演出に巻き込まれるなかで、権力のチェックという記者としての本来の使命を見失いかけていたことは否めない

ただ言い訳をすれば、「ちょっとおかしいぞ」という違和感も抱いていた。高い支持率をいいことに、小泉には、民主主義にとって重要な議論や手続きを軽視する言動が目立ち始めたからだ。

イラクに派遣された自衛隊の活動は「非戦闘地域」に限られたが、小泉は国会で「今、どこが非戦闘地域か聞かれても、わかるはずがない」と開き直った。

また自らに勤務実態がないのに厚生年金に加入していた問題が発覚すると、「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」とはぐらかした。看板政策だった郵政民営化のための法案は、党内手続きが不十分なまま、強引に国会に提出された。

小泉劇場が示した、国民の求める「強さ」

その「違和感」が「不信」となったのは、2005年のいわゆる郵政選挙だった。まさに小泉劇場のクライマックスだ。小泉は「抵抗勢力」を公認せず、刺客候補を送り込んだ。「劇場」は「演出」の域を超え、抵抗勢力の「抹殺」に至った。

この残虐性は、刺激を求め続けた観客に、究極の興奮を与えるための必然だったのかもしれない。しかし「反対するものを抹殺する」という思想は、民主主義と相いれない

この「騒ぎ」にかき消されていたが、小泉の「超親米」路線も問題だった。アメリカの戦争の後始末に自衛隊が海外まで派遣されることになった。そして、多くの国民がそれを支持した。

私があるベテラン議員に、「イラクに非戦闘地域などない。このままでは自衛隊員に犠牲者が出るかもしれない。その時は、小泉政権が崩壊する時でしょうね」と聞くとこう返してきた。

「いや、そうなっても小泉政権は崩壊しないと思う」

なぜか。もし犠牲者が出たら、小泉は国旗をまとった棺を政府専用機で帰国させるだろう。空港で音楽隊が葬送の曲を奏でる中、その棺を胸に手を当てて迎え、テレビカメラに向かい、涙ながらに、こういうだろう。

「世界平和のために尊い命が犠牲となった。この死を無駄にしてはいけない。テロに屈してはいけない。私は同盟国とともに戦い続ける」

「犠牲」ですら「劇場」の演出に使う。政権は崩壊するどころか、逆に支持率がアップする――というわけだ。

私は、この議員の考えは意外と的を射ていると思った。なぜなら、国民が求める「強さ」というものが、質的に大きく変わりつつあると感じていたからだ。

多くの人々が支持した小泉の「強さ」とは、強いアメリカに追随し、軍事的に応分の負担をし、さらには、血を流す犠牲も厭わないという「強さ」だ。同時に、自分の判断に従わないものを徹底的に抹殺する「強さ」でもある。

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