「ゆとり教育」とは何だったのか? 不毛な論争と偏見を振り返る

「ゆとり教育」論がもたらしたものの弊害
後藤 和智 プロフィール

教育論者の計量テキスト分析

それでは、この2人はどのような論客であったのか。

それを明らかにするためには、両者間の比較とともに、同時代の、同分野の他の論客とも比較を行う必要があります。

そこで行うのは、2者、そしてほぼ同じ時期の教育論や若者論を、計量テキスト分析を使って分析を行うというものです。

私がかつて「いつの時代でも『若者の叩き方』を提示する、社会学者たちの功罪」で山田昌弘を分析したときと同様に、書籍をテキストデータ化して、それを元に分析を行います(なおデータ化はすべて分析者自身で行っております)。

 

まず、寺脇と和田について、下記の書籍を選定しました。

寺脇は、現役の官僚として「ゆとり教育」の宣伝に努めていた時期の著作である『動き始めた教育改革』と『何処へ向かう教育改革』、2000年代終わり頃の、自身への批判やバッシングに対して反論を行った『さらば ゆとり教育』『百マス計算でバカになる』、そして近年の教育論、若者論である『「フクシマ後」の生き方は若者に聞け』『教育の国家支配がすすむ』。

和田については、若者論分野でのデビュー作である『「自分がない症候群」の恐怖』と、明確に反「ゆとり教育」を打ち出した『学力崩壊』、そして「総合論客」としての著作で『テレビの大罪』『この国の冷たさの正体』『私の保守宣言』としました。

同時代の教育論、若者論については次の通りです(テキストデータは同人誌『新・間違いだらけの論客選び』から流用、ただしデータの読み込み精度を上げるため追加の修正を行っている)。

新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社、2018年
上野千鶴子『サヨナラ、学校化社会』太郎次郎社、2000年
牛窪恵『おゆとりさま消費』アスキー新書、2010年
内田樹『下流志向』講談社、2007年
大堀ユリエ『昭和脳上司がゆとり世代部下を働かせる方法77』光文社、2012年
岡田憲治『言葉が足りないとサルになる』亜紀書房、2009年
尾木直樹『子どもの危機をどう見るか』岩波新書、2000年
尾木直樹『思春期の危機をどう見るか』岩波新書、2006年
岩木秀夫『ゆとり教育から個性浪費社会へ』ちくま新書、2004年
門脇厚司『子どもの社会力』岩波新書、1999年
門脇厚司『社会力を育てる』岩波新書、2010年
香山リカ『就職がこわい』講談社、2004年
河上亮一『学校崩壊』草思社、1998年
税所篤快『ゆとり世代の愛国心』PHP新書、2014年
齋藤孝『日本人の心はなぜ強かったのか』PHP新書、2011年
鈴木弘輝『生きる希望を忘れた若者たち』講談社現代新書、2010年
諏訪哲二『オレ様化する子どもたち』中公新書ラクレ、2004年
田北百樹子『シュガー社員が会社を溶かす』ブックマン社、2007年
柘植智幸『「ゆとり教育世代」の恐怖』PHPペーパーバックス、2008年
土井隆義『友だち地獄』ちくま新書、2008年
永山彦三郎『現場から見た教育改革』ちくま新書、2002年
難波功士『大二病』双葉社新書、2014年
西部邁『国民の道徳』扶桑社、2000年
野田正彰『この社会の歪みについて』KTC中央出版、2005年
波頭亮『若者のリアル』日本実業出版社、2003年
速水健朗『自分探しが止まらない』ソフトバンク新書、2008年
速水由紀子『「つながり」という危うい快楽』筑摩書房、2007年
広田照幸『《愛国心》のゆくえ』世織書房、2005年
深澤真紀『平成男子図鑑』(文庫版は『草食男子世代』)日経BP社、2007年
堀越英美『不道徳お母さん講座』河出書房新社、2018年
本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版、2005年
正高信男『ケータイを持ったサル』中公新書、2003年
森嶋通夫『日本はなぜ没落するか』岩波書店、1998年
八木秀次『反「人権」宣言』ちくま新書、2002年
柳沼良太『ポストモダンの自由管理教育』春風社、2010年

単語の集計につかう形態素解析エンジンは、最新の単語に対応している「mecab-ipadic-neologd」の2019年1月第4週版を使い、分析はフリーソフト「KH Coder」(及び、樋口耕一『社会調査のための計量テキスト分析』(ナカニシヤ出版、2014年)参照)を使いました。

まず事実として確認しておきたいのは、「ゆとり教育」という言葉は、少なくとも寺脇が使い出した言葉ではないということです。

確かに寺脇は『さらば ゆとり教育』で300回近く「ゆとり教育」という言葉を使ってはいるものの、『動き始めた教育改革』と『何処へ向かう教育改革』では1回もカウントされていないのです(表1)。

表1

それを踏まえて、寺脇と和田の違いについて見ていきます。

Jaccard係数という指標を使って関連性の高い単語を調べると(表2。集計単位は段落)、寺脇の『動き始めた教育改革』においては、もっぱら「偏差値」という言葉や、学校、そして大学に行く意義について述べられていると解釈することができ、また『何処へ向かう教育改革』においては、「地域」「親」という言葉が出てくる通り、学校や教育と地域の関係性について述べられています。

表2

「偏差値追放」というスローガンに隠れがちですが、寺脇の目指していた教育論というのは、むしろ子供たちの多様性を尊重し、また教育を地域に開くものであるということが言えるのかもしれません。

そのようなことは、後に寺脇がNPOなどのオルタナティブな教育実践者と積極的に対談を行って自分の主張の正当性を主張していることからも裏付けられます(単に利用しているだけとも捉えることはできますが)。

他方で和田の議論については、「競争」「東大」「名門」などといった言葉に見られるとおり、受験競争の重要性を主張するもので、これも受験参考書の執筆者としての和田のあり方とも整合します。

このことから、寺脇の議論と和田の議論については、過当競争を強いている権力的な「学力」主義を排し、広く生き方の問題として捉え、教育を地域に開いていくというリベラルな教育を志向する寺脇と、競争主義的な教育が日本の国力を形成してきたと主張し、その否定こそが社会格差を生み出すとする和田の対立と言うことができます。

そのため、二人の対立は、むしろ社会的な立場の違いから来るものであり、思想の点でも実践の点でも、十分すりあわせが可能であったものだということが言えるのです。

実際、寺脇と和田は、『どうする学力低下』(PHP研究所、2000年)や、「これが最後の「ゆとり教育」論争」(『文藝春秋』2002年12月号)といった対談をしているほか、和田の「それでも「ゆとり教育」は間違っている」(『正論』2001年2月号)の副題「文部省政策課長・寺脇研氏への共感と懸念と」に見られるとおり、寺脇に一部では共感するところもあるということがあったようです。

寺脇と和田の言っていることの違いはそれほど大きなものではないということは、別の分析からも見られます。

私は、ここで分析した著作で使われている単語の内、極端に多い(全体の出現数が7000を超えるもの)を除く、全体での出現数が540以上の自立語250単語を、多次元尺度構成法を用いてカテゴリーに分けました(集計単位は、分析にかかる時間と結果とのバランスを考え、小見出しとした。表3、図1)。

表3
図1

そしてこれらの単語が使われている文の割合を見ると(図2)、分野ごと、例えば『動き始めた教育改革』と『何処へ向かう教育改革』、そして和田の『学力崩壊』を比較したときに、カテゴリ7の単語の頻度において違いが見られる以外は、それほど大きく差が見られないのです。

図2

さらに、同じ単語を用いてクラスター分析を試みましたが(付録2参照)、寺脇と和田については、「ゆとり教育」論争以降の著作が、社会問題全体を扱ったとみられるクラスターに属するなど、少なくとも教育論としては、それほど大きな違いが見られないのです

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