ポピュリスト政権が行ったこと
ベネズエラの外貨収入の95%近くを稼ぐのは原油。いわば、ベネズエラの「めしのタネ」だ。原油は70年代から国有化されているが、以前は国営ベネズエラ石(PDVSA)は政治的には中立で、自立した経営が認められていた。優秀な人材も多かったと言われる。
ベネズエラ西のマラカイボ地域の油田は良質だが、古くて生産量は先細り。一方オリノコ川流域には巨大な原油が埋蔵されているが、超重質油の比重が高くて、そのままでは国際市場で競争できない。そこで90年代に積極的に外資が導入され、最新技術で超重質油をアップグレードしたり新規の油田を探鉱・開発するプロジェクトが進められた。
いわばリスクの高い投資プロジェクトを外資に負わせる形で国家資源の開発を図ったわけである。この結果、2000年代の始めにはベネズエラの原油生産量の3分の1が外資となっていた。
そこに、「外国石油資本と結びついて特権を得る富裕層と対決する」という分かりやすい階級闘争に訴えて1998年に当選したのが、故ウゴ・チャベス前大統領だった。中南米ではスペイン植民地時代の負の遺産で歴史的に社会不平等が大きく、多数を占める貧困層を中心にポピュリズムが浸透しやすい構図がある。チャベス氏自身は中産階級の出身だったが、元軍人でカリスマもあり、貧困層から圧倒的な支持を得た。

反対勢力による激しいゼネストを封じ込み、2万人近い従業員を親チャベス派に総入れ替えするなどして2003年までにはPDVSAを完全掌握。原油利益の大半を「ミシオン(使命)」と呼ばれる貧困者対策などの社会事業の原資として吐き出させることに成功する。
さらに外資メジャーとやっていた事業については、国営公社が6割以上の権益を持つよう2006年から再交渉を義務付け、エクソンモービルやコノコ・フィリップス、フランスのトタール、イタリアのエニなどの資産を事実上接収した。
その結果、何が起きたかーー。
貧困層の救済や社会的な不公平を是正するという目的自体は、本来正しかったはずだ。しかし、チャベス政権の政策は、国家の「めしのタネ」、国家戦略上極めて重要な原油産業を、金のガチョウを殺してしまうように自らの手で潰してしまったのだ。
PDVSAの利益の多くが社会事業に回され、既存油田のメンテナンスや新規油田開発の為の投資は原油収入のわずか0.1%まで削減された。またそれまでは外資メジャーが肩代わりしていた油田開発や重質油のアップグレード技術への投資も国営化によって止まってしまった(後に、ロシアや中国からの投資を受け入れ)。
先述の通りベネズエラの原油は古い油田や重質油が中心だから、メンテや新規投資を怠ったらどんどん国際競争力をなくしてしまう。案の定、ベネズエラの原油生産量は目に見えて低下し、コストが高い超重質油の比率が上昇した。
近年石油業界の経験のない軍人がPDVSA総裁と石油相に就任したが、組織混乱による人材不足も加わり、現在の日量100万バレルはピークの3分の1でしかない。
当然、外貨収入もどんどん目減りしていった。
原油価格だけが原因ではない
本格的な危機が始まったのは原油価格が急落した2014年からだから、原因はひとえに石油価格ではないのかという議論もあるが、それだけでは説明できない。
例えばベネズエラには以前、原油価格下落に備えて、価格が高い間に余剰資金を備蓄しておく安定化基金があった。しかしチャベス政権が法改正をして、基金への振り込み義務を無効にしてしまったのだ。
石油収入を基金にして外貨建てで運用し、その運用利益だけを歳入に回しているノルウェーなどと比べれば、財政規律の違いは歴然だ。原油価格が急落した時、バッファーを持ち合わせなかった現マドゥロ政権は、大量の紙幣を刷ってハイパーインフレの負のサイクルに突き進んでいった。