2019.03.01
# フェミニズム # 優生思想

フェミニズムと優生思想が接近した「危うい過去」から学べること

未来を見据えたフェミニストになるため
北村 紗衣 プロフィール

21世紀の今だと、優生思想はまるでディストピア的で差別的に思える。人権を無視したバカげた考えで、ナチスが政策として採用したので、非常にイメージが悪い。しかしながら、1930年代くらいまでは、フェミニストに限らず意識高い系の人たちが猫も杓子もかぶれるような流行思想だった。

『人と超人』の著者ショーはアイルランド出身の社会主義者で、ノーベル文学賞を受賞しており、『マイ・フェア・レディ』の原作『ピグマリオン』をはじめとして現在も人気のある芝居をたくさん書いている偉大な劇作家だ。

ショーは発言にあまり一貫性がなく、反ワクチン主義を唱えるなど今なら炎上必至の書き手だったが、20世紀初頭としては最先端の文人だった。そんな彼が息を吸うようにとりこんだ優生思想が芝居に現れているのだ。

ジョージ・バーナード・ショー〔PHOTO〕Gettyimages

ママたちが作るキラキラの未来

さらにややこしいのは、ショーは20世紀初頭としては相当フェミニストだったことだ。ショーの女性に関する考えにはいろいろ矛盾があり、作品に女性嫌悪が見受けられるところもあるのだが、一方で性差別批判もしており、周囲からは女性の権利の擁護者と考えられていた。ショーの優生思想には独特のフェミニズムが絡んでいる。

ショー流のフェミニズムでは、抑圧されている女性は女神のような偉大な母となることにより、抑圧を逃れることができる。母性は女性の極めて重要な特質で、男性はこの母たろうとする女性の力に抗うことはできない。いきなりスーパーマンの母になりたがる『人と超人』のアナはこうした強い女性を象徴する存在だ。

この点においてショー流のフェミニズムと優生思想は接近していた。つまり、女性にとって何より重要なのは優秀な子孫を作る母性であり、そうした母性を実現することで女性のエンパワーメントが達成されるという考え方である。

現在のフェミニズムの視点で言うと、女性を母としての役割にとじこめてしまうこういう考えは単なる性差別にしか見えないが、母性偏重的フェミニズムというのは昔から根強く存在する。ショーが活動していた頃にはわりとお馴染みのものだったし、地母神崇拝系のフェミニズムというのは今でもある。

こういう「優秀な子孫を作る母性こそが女性の美点だ」という考え方にハマったのは男性のショーだけではない。20世紀の初めに活動したイギリス出身の詩人で、ミナ・ロイという女性がいる。

この作家は未来派でフェミニストだった…という時点で、文学史をかじった人なら「ヘンな人だな」と思うかもしれない。というのも、未来派というのは20世紀初頭にイタリアを中心に流行した、機械化と過去の破壊を礼賛する前衛的な芸術運動で、一般的に女性を敵視する非常に好戦的で男性中心的な思想だと考えられているし、さらに後年はイタリアのファシズムとも結びついたからだ。

あまりフェミニストが活動しやすいところではなさそうだが、けっこう女性も参加したし、ロイはガチなフェミニストで、1914年に「フェミニスト・マニフェスト」という詩的な宣言文を書いている。

ミナ・ロイ(左)、右はアメリカの大富豪で美術収集家のペギー・グッゲンハイム〔PHOTO〕Gettyimages

このマニフェストは、若い女性全員に外科的な処女膜切開手術を施すことにより処女崇拝をなくそうと提案するなど、かなりユーモアをまじえた内容で社会のダブルスタンダードを痛烈に批判しているのだが、一方で「知的な女性は、種族への責任を自覚し、無能で劣った同性たちの出産率に見合うよう、子供を産むべきです」(ロイ、p. 160)などと真顔で訴えているところもあり、おう、やっぱり未来派はヤバいのか…とドン引きしてしまうような優生思想が見え隠れする。ロイは優秀な種族を維持する力強い母という女性像に魅力を感じているのだ。