2010.05.27
# 雑誌

自治医大・間野博行教授が明かす。
遺伝子治療でがんはここまで治せる

大研究 それは遺伝する? vol.3
週刊現代 プロフィール

 このように細胞分裂の増殖メカニズムは、必要不可欠ですが、間違いの許されない、非常に繊細に制御しなければならない仕組みです。何十兆個という細胞でできている私たちは、たとえ100回に一回でも間違いが起きれば、正常な臓器も作れません。

 だから、人間の遺伝子は全部で2万数千以上と言われていますが、細胞増殖の機能は、そのうちの200~300程度の特定の遺伝子、いわば精鋭部隊だけにしか付与されていません。

 こうした精鋭部隊の中に、先程説明した嘘の信号を出す、がんの原因となる遺伝子ができてしまうことがあるのです。これを「がん遺伝子」とも呼びます。私たちが続けている「分子標的療法」とは、こうしたがん遺伝子を見つけ機能させないようにするものです。

 この分野で最初に成功したのは、昔は不治の病だった慢性骨髄性白血病の治療においてでした。「グリベック」という薬がつくられ、多くの人の命を救いました。

がん治療は新たな時代へ

 これによって、がんは分子標的療法で治るということが初めて証明されました。この研究を発表し、臨床実験をしたグループは近いうちにノーベル賞をもらうことになるでしょう。

 その後、他のがんにも同じことが応用できないかという研究が世界中で進みました。私の研究もそうですし、肺がん治療の「イレッサ・タルセバ」という薬もその成果の一つです。

 がんには1個のがん遺伝子によって引き起こされるものと、複数の遺伝子によって引き起こされるものがあります。前者にかかわるのは、がんを生む力が強い、いわば横綱級に強いがん遺伝子なのに対して、後者は5人揃わないとがんを引き起こせない前頭級と考えられます。

 いままで分子標的療法という治療によって成果が上がってきた慢性骨髄性白血病や我々が見つけた肺がんは、「単独犯」タイプでした。さらに他のがん種でも、同様な原因遺伝子が見つかり、分子標的療法が採用されています。

 これからの課題は、「複数犯」タイプのがんを治すことです。実は、多くの人がかかる胃がん、大腸がん、前立腺がんはこちらのタイプなのです。

 ただ残念ながら、今はまだそれぞれのがんの原因遺伝子、顔ぶれがわかってはいません。原因遺伝子が多いだけ、「単独犯」タイプに比べて研究に時間がかかるでしょう。しかし「複数犯」タイプの場合でも、原因遺伝子を見つけて、その働きを抑えれば治る、というような時代にこれからなっていくと思います。

 「がん遺伝子が活性化されてがんを生む」というメカニズムはどんながんでも同じです。近い将来、すべてのがんが怖くなくなる日が必ず来ます。

 私自身はいま、5年後をめどに、若い女性に多い乳がんや、ある種の胃がんの原因となる遺伝子の解明をしたいと考えています。

-了-

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