2019.03.12
# 前澤友作

ZOZO前澤氏を退場させたことで、日本が失った「大きな可能性」

イノベーションの芽がまたひとつ…

「前澤氏を表舞台から退場させたのは、日本にとって大いなる損失だったのではないか」――こう指摘するのは、日本創生投資代表の三戸政和氏。15万部のベストセラー作の続編『サラリーマンは300万円で会社を買いなさい 会計編』を著した氏が前澤氏に感じていた、新たなビジネス創出の可能性とは――。

パラダイムシフトを起こす男

さる2月7日にZOZOTOWNを運営する前澤友作氏が「twitter休止宣言」をした。その1カ月前には、例の「一億円キャンペーン」でリツイート数の世界記録を打ち立てており、ホリエモンと比肩するほどのtwitterの使い手となっていただけに、残念な話だ。

最後のツイートが「本業に専念します」だったことを鑑みると、先日の決算で本業初の減益となったことが、休止宣言の表向きの理由だろうが、何かをつぶやくたびに各方面からバッシングを受けることに辟易したことが大きいのではないか、と筆者は推察する。

ここで筆者が問題提起したいのは、前澤氏のような才能の持ち主を袋叩きにして、発言の機会を奪ってしまうことが、はたして日本にとってプラスなのだろうか、ということである。

筆者はベンチャーキャピタリストとして活動していたことがあるが、「ゼロイチ起業」がいかに難しいものか、身をもって知っている。このことについては拙著にも詳しく書き、ベンチャー界隈からは大きな反響をいただいた。

前澤氏率いるZOZOは、まさに筆者がベンチャーキャピタリストとして活動していた時期に上場準備を行っており、多くのベンチャーキャピタルが「投資させてもらいたい」と足繁く通ったベンチャー企業である。

当時はまだ、ネットビジネス自体に胡散臭いイメージがあったうえに、ネット決済のインフラも整っていなかった。特に「アパレルのネットビジネスなど成立しえない」とまで言われていた。サイズや色などの違いがあるため販売点数が多いわりに、流行の移ろいが激しく、在庫管理が難しいからだ。

実際に、私も過去、ZOZOの競合だったネットEC企業へ投資をしていたが、その企業は在庫管理に失敗し、数億円の不良在庫を抱えて事業撤退を余儀なくされた。

そのようななかで、ZOZOは、全ての取り扱い商品を自社計測し、一度ユーザーが自分のサイズを把握すれば、試着せずともサイズを選べ、在庫を抱えず集客できるネットモール(百貨店モデル)を作ることができた。

問題をひとつひとつ解決しながら「ネットで服を買う」という新しい文化を日本に築き上げたのは、ほかならぬZOZOTOWNだと断言できる。

プライベートでも、バスキアの絵画をアーティスト最高落札額で更新する123億円で買い、月への旅行を目指すなど、常に話題を創り続けている前澤氏。筆者は、孫正義氏の次のパラダイムシフトを起こすのは前澤氏ではないかと強く感じていた。

 

「パイの奪い合い」はもう限界

ここでいうパラダイムシフトとは何か。簡潔に説明しよう。

これまでのインターネットビジネスでは、「winner-takes-all(勝者総取り)」型の経営手法を目指すことが理想だとされてきた。孫正義氏率いるソフトバンクの経営戦略は、「winner-takes-all(勝者総取り)」戦略の典型だ。

【PHOTO】gettyimages

ADSLを浸透させるために、ヤフーBBのモデムを無料配布したことを筆頭に、最近では、paypayの100億円キャッシュバック企画を実施。強烈な先行投資を行い、そのジャンルの「ナンバーワン」になることで、その後のビジネスで勝ち、投資を回収するというスタイルだ。一気に顧客を囲い込むことで勝者総取りを目指していく戦略が、孫氏のお家芸なのである。

しかしながら、インターネットの勝者総取りモデルには、致命的な弱点もある。海外の企業が国境の垣根を飛び越えて、「世界の勝者」となるべく市場に参加してくる、ということだ。日本のECの草分けであった楽天は、早々にアマゾンに首位の座を明け渡した(「ジェトロ世界貿易投資報告」2017年版)。mixiがFacebookに完全に息の根を止められたことは、もう記憶にもないかもしれない。

中国のように、国策として米国のネットサービスを遮断しない限り、日本独自のネットサービスが、いわゆるGAFAと言われる巨大プラットフォームに勝てる見込みはない。

それを理解している孫氏は、米国に殴り込みをかけるようにしてスプリントを買い、「ビジョンファンド」の10兆円を運用して、世界中の新しいネットサービスの青田買いを行っている。つまり、孫氏自体が、すでに日本におけるインターネットサービスには(きらびやかな)未来がないことを理解しているのである。

「パイの奪い合い」の果てにある勝者総取り戦略は、よほどの体力がある企業でないと、仕掛けることは難しい。成熟しきった市場においては、敗北の可能性も高い。そのような状況下で必要なのは、「新しい市場を生み出す創造力」なのである。

市場を生み出す創造力、とは、薄く広く浸透する「便利なサービス(商品)」をつくることではなく、これまで評価されてこなかったまったく新しい価値観を生みだし、それを表現して人々に理解させる、ということだ。

ここで新しい市場を創造するときに必要になるのが、アートへの造詣である。近年、山口周さんの著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』がベストセラーになるなど、ビジネスマンがアートを理解することの必要性を説くムーブメントが起きているが、勝者総取り方式に限界が見えている中、これは必然だと思っている。

なぜ、成熟しきったビジネス環境下において、経営者にアート的感覚が必要なのか。アートの本質は、世の中に存在しない新しい価値観を生み出し、それを提示し、その文脈を人々に理解させることだからだ。

前澤氏はバスキアの絵を123億円で落札したが、会計的な原価で考えれば、バスキアの絵は数万円程度のものである。そのモノ自体に対してではなく、その絵が描かれた背景や文脈に、人々は多額の対価を支払うのである。

これは、ビジネスにおいても本質は同じだ。例えばApple社の製品。言うのも野暮な話だが、iPadもiPhoneも、原価は驚くほど安い。しかし、洗練されたデザインとUI、ジョブスの哲学に共感するユーザーが、Apple教の信者としてその付加価値を評価し、新製品が出るたびに高単価で買い続けているのである。こうした価値を生み出し、ビジネスに結び付けるのが、勝者総取り方式とは違う、もう一つの戦い方だ。

さて、成熟した社会にアートを用いて新しい価値を生み出し成功した、歴史上の人物がいる。織田信長である。

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