ぼくはホームページで、G信金の財務状況を確認した。やはり不良債権の比率が急激に上昇している。過去に貸した融資が、業績不振で焦げついているのだろう。どうにか利益は出ているものの、融資が伸びないなかではいつ赤字に転落してもおかしくなかった。
ぼくはG信金に、どんな提案ができるか考えてみた。リスクを取らなければリターンはない。運用資産の一部を高収益資産に入れ替えるのは、金余りのなかでは有効な投資方針だと何度も顧客に推奨していた。
しかも、そうなればこちらには数億円単位の手数料が転がり込んでくる。買いたいという顧客に商品を提供するのだから、後ろめたい思いを抱く必要はないはずだった。
不安があるとすれば、仕組み債の導入で運用利回りは一時的に好転するだろうが、今後の為替次第では大きな損失を抱える可能性があることだ。
もし為替が10円も円高に進むと、利回りがゼロになるだけでなく、売却しようとしたとき大きな損失が発生する。数十億円単位の規模に達するだろうか。それは健全運営を旨とする金融機関にとって、死を意味するように思えた。
「責任取れるの?」
「すみません。遅くなりました」
「おはよう。大丈夫か?」
「母親の世話に時間がかかってしまいました。どうにか落ち着いたので、問題ないです」
バッグを机に置くと、藤井は急いでミーティングに参加した。
藤井は心臓病を患って寝たきりの母親との二人暮らしで、介護をしながら働いていた。この日は介護スタッフの都合がつかず、藤井が面倒をみていたという。
「無理しなくていいぞ。休んだっていいんだろ?」
「お客さんとのアポはないですけど、やることがたくさんありますから」
チームヘッドの樋口が心配そうな顔を向けたが、チームメイトに多くを説明しないのはいつものことだ。心臓病を抱える母親の介護をしているからといって、特別視して欲しくないという気持ちの表れなのだろう。
「提案は決まったの?」
ミーティングが終わると、藤井が話しかけてきた。コンビニで買ったおにぎりを食べようと、ビニール袋に手を伸ばしたところだった。
「……まあな」
「どうするの?」
取引のことは口に出さずとも、表情からG信金のことをいっているのがわかった。
「要求通り、100億円の提案をしようと思う。為替レート連動の仕組み債だ」
「止めたほうがいいんじゃない。相場が崩れたら、目も当てられないわよ」
「それはお客さんが考えることだ。彼らが買いたいっていってるんだから、その方針に沿った提案をするべきだと思う」
「責任取れるの?」
「何の責任だよ?」
「リスクについて十分に説明する責任と、そのリスクに耐えられるのかっていう責任よ。あなただって本当は怖いと思ってるんでしょ? お客さんのことを真剣に考えたうえでの結論なら、何もいわないけど」
予想外の強い口調に、ぼくは目を反らした。それはここ数日、ぼくが何度も自問自答してきたことでもあった。