このように原告の主張を深く理解しながらも、しかし裁判所は、原告の訴えは裁判になじまないものだと結論づけた。
その理由はこうだ。「生そのものという損害」という考えを認めてしまえば、非嫡出子だけでなく、人種、遺伝病、貧困、差別などのせいで不遇な生を与えられた人たち全員が自分を生んだ親に損害賠償を求められることになってしまわないか?
さらに将来、人工授精、精子銀行、遺伝子改変、そしてついには人間の生命そのものを人工的につくりだすことが可能になったとき、そのような方法で生まれたことを不満に思う子どもたちは、自分をつくりだした医療関係者や技術者を訴えることができるのだろうか?
このように、想像をはるかに超えた影響を社会に与えかねない判断を下すことは、一裁判所の任ではなく、国家の政策に委ねられるべきである。――これがゼペダ訴訟を退けた裁判官たちの結論だったのである。
医療関係者を訴えるケースが増加
その後、「自分にとって生まれたこと自体が損害である」というロジックを立てる同種の訴えは、アメリカだけでなくいくつかの国で起こされてきた。ただし、その過程でいくつかの重大な変化が生じている。
ひとつは、ゼペダ判決が「生そのものが損害である」というロジックそのものには理解を示したのに対して、その後の判決のほとんどはそれを矛盾だとして退けたことである。生まれたことが損害だと言えるためには、自分が生まれた場合と生まれなかった場合の人生の質を比較できなければならないはずだ。だがそのような比較は意味をなさないというのが、多くの裁判所の判断であった。
自分の人生を讃えるにせよ嘆くにせよ、そのとき私たちはすでに生まれて存在してしまっているのだ。それに対して、生まれることなく、存在すらしていない人が、自分の人生の質をどうやって評価できるというのだろう? 何人もの裁判官がこうした高度に哲学的な問題に踏み込み、ロングフル・ライフ訴訟を退けてきたのである。
もうひとつの、ある意味でより重要な変化は、訴えの理由が「非嫡出子」のような社会的な境遇ではなく、重篤な先天性障害へとシフトしたことである。さらにこれと絡んで、訴えられる相手も親から医療関係者へと変化した(親が子の代理人として医師を訴えるケースが多い)。

たとえば、風疹に罹った妊婦が医師に相談し、生まれてくる子には障害(先天性風疹症候群)はないだろうと診断されたにもかかわらず、実際には子どもが障害をもって生まれたとしよう。この場合、正しい見通しを告げられていれば母親は妊娠中絶をしたはずであり、その結果、子どもは生まれず、したがって障害に苦しまなくてすんだだろう。
だから誤診をした医師は「生そのものという損害」について賠償せよ――このようなロジックを掲げ、生まれた当人が医師を訴えることが、ロングフル・ライフ訴訟の典型となったのである。
これによって、ゼペダ判決が恐れたような影響の拡がり、すなわち誰でも人生に不満があれば親を訴えられるという可能性はひとまず封じ込められたとは言える。だが別の観点から見れば、重い障害のある人の人生は一種の損害であるという差別的な考えが強調されるようになったとも言える。