インターネットの行方を占った訴訟
そもそもウォーレンがこのような施策を考える背景には、FacebookにしてもGoogleにしても、反トラスト法の加護があればこそ、誕生することも成長することもできたという認識がある。
具体的には90年代後半のMicrosoftの分割を巡る司法省の訴訟のことが想定されている。90年代半ばMicrosoftはWindowsとOfficeによって、PC向けのOSと基本アプリケーションのいずれでも圧倒的シェアを誇り、PC市場を独占していた。
しかし、インターネットの普及を受けて、急速にシェアを伸ばすブラウザソフトのNetscapeに対して脅威を抱き、Microsoftは自社ブラウザであるInternet Explorer(IE)をWindowsにデフォルトで搭載した。
だが、この行為は(当時はまだ新興であった)インターネット市場への新規企業の参入を拒むものとして、以前からMicrosoftの独占性に目を光らせていた司法省反トラスト局に注目され、反トラスト法違反のかどでMicrosoftは追及された。件の訴訟は、この司法省の判断を巡る争いだ。
当時、この訴訟は、未来のインターネット(市場)の行方を占うものとして一般からも強い関心を集めた。
一時はMicrosoftをOS部門とOffice部門などに切り分けるという、司法省の案の妥当性がかなり高まり、本当にMicrosoftは分割されるのかもしれない、というところまで行っていた。
だが最終的に分割を免れ、代わりにMicrosoftはIEの抱き合わせなどをやめ、インターネットへのアプローチも穏当なものにとどまることになった。
結果としてMicrosoftは、良くも悪くもPC市場に囲われてしまい、インターネット市場には及び腰にならざるを得なくなった。PC市場における独占は(企業努力の成果として)容認されたものの、その代わりにインターネット市場への進出は制限されることとなった。
その結果が、Microsoftの外部での数多のイノベーションの勃興であり、具体的には、FacebookやGoogleが誕生し、Amazonによってクラウドサービス(AWS)が立ち上げられた。
AppleのiPhoneの大成功を含めて、これら新たなITサービスの果実を得られなかったMicrosoftが、いつの間にか、Big4の後塵を拝するようにまでなるわけだから、反トラスト法に基づく介入は歴史の道をも変えてしまうほどの力をもつわけだ。
インターネットから何へ?
実のところ、今回のウォーレンの提案は、この時のMicrosoft分割案の考え方によく似ている。ただし、ウォーレンの議論が明示していないのは、かつてのMicrosoft訴訟における「インターネット市場」に当たる「新たな市場」についてだ。
かつては「PCからインターネットへ」だったのだが、では、今回は「インターネットから何へ?」なのか。

容易に思いつく解答は、インターネットに接続されたAIやロボットによる、インターネットの外の、物理的世界におけるすべての産業の「スマート化された市場」というものだ。そのような「スマート市場」は、経済活動や産業活動全般を対象とする。
結果、近い将来、すべての企業がテック企業となり、そのときに備えて、IT業界におけるスタートアップだけでなく、他産業の既存企業も含めて、Big4と伍していくための競争が可能となる市場環境を整備しておく。それがウォーレンの狙いといえる。
とはいえ、法学者ウォーレンではなく政治家ウォーレン、それも大統領候補者ウォーレンが、広くアメリカ市民に訴えたいことは、今述べたような法律運用に関する専門的で実務的な議論ではなく、より人びとの心に訴えるような、日常生活に近いものだ。
そこで、人びとの不安に直結する話題として彼女がBig4に関して持ち出すのが「プライバシーの侵害」問題である。
ある意味で、経済的問題を市民の権利問題にすり替えているわけだが、しかし、それくらい、このBig4が抱える問題の射程は幅広いわけだ。全方位から突っ込むことができる。
この点では、実に間の悪いことに、あろうことかFacebookは、このBig4の分割案に触れたウォーレンのキャンペーン広告をFacebook上での露出から取り除いてしまうという失態を演じた(現在はすでに露出可能な状態に戻されている)。
Facebook側の言い分はあくまでも、その広告の中でのFacebookのロゴの扱いが規定に反するから、ということなのだが、仮にそうだとしてもタイミングが悪すぎた。経過はどうあれ、Facebookがプラットフォームとして隠然と持つ「権力」を明らかにしてしまったからだ。彼らはかくも簡単に情報の出し入れを左右できてしまう。
ここから生じる疑念は、「大企業は自分たちの都合の良いように世の中を作り上げている」ということであり、これはウォーレンが最も強調したいことでもある。
そして、前回でも少し触れたが、このあたりがスターバックス元CEOのハワード・シュルツのような、民主党支持の経営者たちが抱く懸念の中核だ。批判の矛先が大企業全般に向かっているからだ。この点は、今後、民主党の急進派と穏健派を分かつ論点となっていくと思われる。