フリージャーナリストの島沢優子さんは、日刊スポーツ新聞社時代から20数年にわたってスポーツの現場で取材を続けている。筑波大学4年時に全日本女子大学バスケットボール選手権で優勝した元アスリートでもある。

そんな島沢さんが今回刊行した『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』は、2年をかけ名選手・名将らを丹念に取材したものをまとめたもの。ノートを書くことで、選手たちの才能がいかに花開いていったか、指導者が選手を成長させたかをわかりやすく示してくれる。

特筆すべきは、それぞれのノート(中にはデジタルもあり)を、専門家の手を借りて脳科学的な視点からどう有益なのかを分析しているところだ。今回は本書より、卓球の日本女子代表の伊藤美誠選手のノートについて一部抜粋して掲載する。

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いとう・みま 2000年、静岡県出身。スターツ所属。16年リオデジャネイロ五輪卓球女子団体で銅メダル獲得に貢献、五輪での卓球競技では史上最年少15歳でメダリストに。18年度全日本卓球選手権大会女子史上初2年連続3冠。152センチ、45キロ。血液型O

「日本から大魔王が舞い降りた」

18歳の高校生(当時)が、卓球王国と称される中国のメディアから「日本から大魔王が舞い降りた」と称された。スウェーデンオープン(2018年11月)女子シングルス。伊藤美誠(18=スターツ)は準々決勝で劉詩ブン(27)、準決勝で16年リオデジャネイロ五輪女王の丁寧(28)を、続く決勝では世界ランキング1位の朱雨玲(23)を4-0と圧倒し優勝を飾った。

18年5月に開催された世界選手権団体戦を制した中国の主力3選手を連続で破っての快挙である。卓越した技術とパワーを誇る中国勢は打つ球の回転量が膨大なため、彼らに勝つには回転量を増やすことが先決とされてきた。ところが、伊藤は相手の動きを読む力と一瞬のひらめきで、中国選手の壁をひらりと乗り越えて見せた。

伊藤の「魔力」を生み出した大きなツールは、松崎太佑コーチ(34)とともに紡いだ「師弟ノート」だろう(松崎コーチの「崎」は本来は立に可です)

伊藤は幼稚園年中組のとき、松崎が所属していた豊田町卓球スポーツ少年団(静岡県磐田市)に加入。小学4年くらいから同コーチと打ち合うようになった。

「松崎コーチは卓球オタクで、動画を見るのが大好きなんです(笑)。私の試合だけじゃなくて、男子のも女子のも、国内も海外もいろんな大会の動画を見ていました」

伊藤が明かすように、松崎は画像を見ながら、コーチングの参考になることや伊藤への指導のヒントをメモしていた。

対する伊藤は「小学生時代は自分のプレーができればそれで良かった」。だから、動画を見る習慣がまったくなかった。が、松崎から「見たかったら、見れば? みたいに、勝った試合は見て、負けた試合は見ないような流れになって」(伊藤)中学1年生から、ふたりで見る機会が増えた。

 

負けた動画を見ることで得たもの

「勉強になるから見ろ」などと命じられたことはないすべてにわたって伊藤の意向を尊重してくれるなかで、松崎の影響を受けて取り組んだ数少ないことのひとつだった。見る動画は、主に次の対戦相手の試合が多かった。

二人でそれを見ながら、互いに思ったことをポンポン言葉にしていった。相手の弱点や警戒しなくてはいけない得意技。それに対して、どんな策を講じるか、どんな練習をして準備するか。ワンプレーやツープレーを見ただけで、どんどん情報がたまる。

「ヤバい、ヤバい。書かないと忘れちゃうよ」

松崎がノートを用意し、見開きの左ページにコーチが、右ページに伊藤が書くようにした。 「最初はコーチだけが書いていましたが、私も一緒に(動画を)見るようになって、なんとなく一緒に書くようになったんです。それぞれが感じたことをじゃんじゃん書いていった。相手がこうだから、これが通用するかも、とか。それだったら、こんな練習しようか?とか。練習メニューを組み立てる参考になった。大会のときには試合前にノートをみてもう一度頭に入れてから試合に入るようにした