2019.05.05

吉川英治『三国志』に、母子愛のくだりが組み込まれている理由

局アナが語る「三国志の日本史」④

皆さん、こんにちは。ニッポン放送のアナウンサー、箱崎みどりです。

普段はラジオ局、ニッポン放送(AM1242、FM93)で「草野満代 夕暮れWONDER4」(月~木曜16時から)などの番組を担当している私ですが、実は、「三国志」が大好き。

今年は、特別展「三国志」が、東京国立博物館で7月9日から、九州国立博物館で10月1日から行われます。「三国志」が改めて注目を浴び、盛り上がることでしょう! 開催まで残り2ヵ月と近付いてきて、今からワクワクしています!

さて、私が愛する日本の「三国志」の豊かな世界。第4回は、皆さまご存知、吉川英治の『三国志』について、お話ししていきます。

前回の記事、第3回では、明治時代に諸葛亮(孔明)が、詩や教科書、評伝といった形で、様々に持ち上げられていったことについてお話ししました。孔明についてのご自分の見方や、孔明が称揚された理由など、色々なご感想をお寄せいただきました。今なお孔明の評価は揺れているのですね。

また、「(教科書に載った孔明のお話を)もしかしたら祖父が読んでいたのかもしれない」といったコメントを見て、私自身、具体的に考えていなかった、今と地続きの戦前の姿が浮かび上がってきたように感じました。皆さま、ありがとうございます!

20年近くの付き合い

日本で「三国志」の小説といって一番初めに名前が挙がるのは、吉川英治『三国志』でしょう。1939年8月から1943年9月まで新聞に連載された作品ながら、今も読み継がれています。

江戸時代の翻訳『通俗三国志』と並んで、吉川『三国志』は、「三国志の日本史」にとって、なくてはならない作品です。

私が初めて読んだのは、中学生になってすぐ。小学校の図書館にあった「三国志」関連の本をすべて読み終わっていた私は、中学の図書館で吉川『三国志』を見つけ、「また新しい『三国志』が読める!」と心躍ったことを覚えています。それから、思いがけず、20年近いお付き合いになりました。

大学で卒業論文のテーマに選んでからは研究対象になったので、今、純粋な気持ちで向き合えないのですが、初めて読んだときは、続きが気になって、どんどん読み進めたものです。

吉川『三国志』が持つ魅力がどこにあるのか、これまで、研究者たちによって、いろいろと考えられてきました。現代の作家の眼から不必要な怪奇性を除いたこと、曹操に対し同情的な態度に立ち、人間的な魅力を描く中で独自の曹操像に到達したことなどが評価されています。

品位を保ちつつ、生き生きとした語り

改めて、私なりにその魅力を考えてみると、やはり第一には、面白さ!

長きにわたって熱烈な支持を得ている『三国志演義』自体を、紙幅を尽くして語っていますから、その面白さは折り紙付き。さらに、これからお話ししていきますが、吉川英治ならではの工夫によって、日本人が違和感なく、「三国志」の面白さに没頭できるように書かれています。

そして、忘れてはいけないのが、読みやすさ!

今では敢えて意識されませんが、吉川『三国志』連載当時、すらすら読める「三国志」は、画期的だったはずです。連載第1回から話に出ている江戸時代の翻訳『通俗三国志』が、明治時代以降も広く読まれていましたが、昭和に入り、文語調の文章は徐々に読みにくくなっていました。

大衆作家・吉川英治の語り口は、もちろん同時代の言葉で、品位を保ちつつも、生き生きとしたものです。文章に引き込まれ、次から次へと、物語を読み進めていくことができます。

たとえて言うなら、それまで、江戸時代のレシピで料理するしかなかった、中国をはじめ東アジアで愛されている食材を、当代一の人気店の板前さんが腕を振るって料理して、大衆食堂で出しているようなもの。

素材の味は抜群、料理人の腕も確かで、味付けも日本人好み。しかも気軽に食べることができるのです。美味しいでしょうし、人気が出るのもお分かりいただけるのではないでしょうか。