現実は「勧善懲悪の物語」なのか?
上野氏は、まず東京医科大学の「女子受験生の入試差別問題」について言及している。
統計の扱い方や用語の用い方についていくつか納得できない箇所があるが、長くなるので割愛しよう。
ここで上野氏は「(女子受験生が差別的な扱いを受けていることについて)なんらかの説明が要る」と言っているが、その背景については触れていない。
もちろん、医学部入試において「公平・公正」を謳いながら女性と浪人生に対する差別が行われていたことは是正されるべきだ。ただし日本の医療業界の現状として、現場における医師の労働負荷の男女格差が存在すること、それが入試差別のひとつの要因となっていることに触れないのも、それはそれで不誠実ではないか。すなわち「長時間労働、夜間対応、休日返上あたりまえの、いわゆる『キツい科』を女性医師が選ばない」現実があるということだ。
たとえ女性医師を採用したとしても、外科などのハードな稼働が要求される部門に進んでくれるかどうかわからない。すると、稼働負荷の高い科を抱える大病院は男性医師を積極的に採用したくなる。そのようなニーズが病院へ人材を供給する医科大学へと伝わり、「男子を優先的に合格させる」という差別につながっていた。
事実として、東京医科大学の入試差別問題が大きな話題になっていたころ、現場の医師からは「男性医師の方が稼働に期待ができるから、優先的にニーズが高まっても仕方ない」とする意見も少なからず出ていた(男性医師だけでなく女性医師からも上がった声であることは付言しておく)。
絶対叩かれるけど、私は男性優遇は仕方ないと思う…。
— みくりっつ (@gkjKuOh) 2018年8月2日
今の働き方で女性が過半数になれば医療は崩壊する。
ママDrは17時帰り、男性医師がその分働いて埋めていて、それが当然の雰囲気になってしまっている。
結婚出産しても男性医師と同じ量働くという女医の決意が育たなければ…無理もないかなと…。
(2018年8月2日、みくりっつ @gkjKuOh 氏のツイートより引用。https://twitter.com/gkjKuOh/status/1024997822200918016)
こうした現実を踏まえて初めて、「では、どうすれば医師は(男女問わず)適正な働き方ができるのか」「医師の『男女平等』を実現するためには、医療界のしくみをどう変えればいいのか」といった実質的な議論が可能になる。卒業後の進路に直結する医学部だからこそ、入試という「入り口」だけではなく、医療現場の状況についても言及しなければ、議論の解像度は粗いままだ。
社会的にも経済的にも「うまみ」がある医師という職業を男性が独占している――という善悪二元論的なストーリーラインを、上野氏は描きたかったのかもしれない。だが、現実はそう単純ではない。実社会で観測される「男女格差」とは往々にして「男女の相互的な利害・依存関係によって生じる均衡」に端を発するものだ。勧善懲悪の単純な物語は、残念ながらめったに存在しない。