2019.04.20

謎めいた「辣腕投資家」に魅入られた証券ディーラーの大誤算

東京マネー戦記【10】2004年
森 将人 プロフィール

「あのさ…」

この頃発行される社債は、売れ行きが二極化することが多かった。誰もが知るような会社が発行する社債は人気化して割り当てをもらうことすらむずかしいが、一部の社債は買い手がつかずにギリギリの需要で発行に至っていた。

売れないのは、もちろん業績が芳しくない企業の社債だ。業界での地位が高いとはいえず、信用力の劣る企業が多い。そのぶん利回りも高くなる。そんな社債は、たいてい鳥飼のような大口投資家が参加することで、ようやく発行のメドが立つ。

不思議なのは、発行後しばらくしてから買いたがる投資家が出てくることだった。値上がりしたのを確認してから、投資行動に移すからだろうか。しかし、ほかの投資家が買うときには、すでに高値で売り抜けている。鳥飼もそんなスタイルの投資家だった。

 

このときマーケットの関心は、銀行に向けられていた。メガバンクの二行が統合し、大口融資先の選別に動く。そんな報道がされるようになると、財務の悪化した企業に売りが集中した。

鳥飼はこれらの企業の社債も、少なからず保有していた。値下がりがきつくなっていくなかで、鳥飼がどう対応するかにぼくは注目していた。

「あの会社の社債なんだけどさ、買おうと思ったらどれだけ確保できる?」

鳥飼がJ社のことをぼそっと口にしたのは、勉強会が終わってからだった。

金利の見通しに関する勉強会に、本人の希望で鳥飼の席も用意していた。エレベーターホールは、その日はじめて二人きりで話すことのできるタイミングだった。

「Jですか? 今は雰囲気良くないですよ。売りたい投資家は多いので、値段次第でそこそこ集められると思いますけど……」

J社は歴史の古い家電メーカーで、業績の悪化が続いていた。負債規模が大きく、メガバンクとの取引も厚い。大口融資先として、何度か新聞報道で名前が挙げられていた。

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ぼくはエレベーターを待ちながら、頭のなかを整理した。鳥飼の買いに対応できるほどに、在庫がないのが難点だった。

「ほかの投資家の見方はどうなの?」

「保有し続ける理由に苦しんでるんだと思います。損失が拡大しないうちに切れっていう声が、年度末になるにつれて高まっていくでしょうね。興味ありますか?」

「まあ、安いからね」

エレベーターの扉が閉まるのを見送りながら、ぼくはすでにチームヘッドの木村悟志への報告を考えていた。

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