ピエール瀧が笑ってはいけないのか? 「罪と友情」を混同する人々へ

石野卓球の態度から学ぶべきこと
原田 隆之 プロフィール

電気グルーヴではなくても

今回は、対象が電気グルーヴという人気者であったがために、批判よりもむしろ好意的なツイートが多かった。そして、過去の音楽や出演作品の回収、差し替えなどにも多くの批判が寄せられた。

しかし、好きな芸能人のときだけではなく、嫌いな著名人や一般人の薬物問題のときも、ダブルスタンダードにならないように、同じような姿勢で受け止めていくようにしたいものだ。

そうすれば、罪を犯した人の立ち直りに対して、もっと寛容な社会へと成熟していけるのではないだろうか。

〔PHOTO〕iStock

その意味で、今回の石野さんの勇気ある態度から、われわれは学ぶべきものがたくさんある。

つまり、罪は罪であるが、そしてそこからの立ち直りを支援することは、それとは別だということである。

石を投げるだけ投げておいて、あとは「自己責任」というのが、これまでの趨勢であったならば、それはむしろ問題を悪化させるものでしかない。

吊し上げにしたり、過去の業績までもないことのようにして潰してしまうのであれば、立ち直りたくても立ち直れなくなってしまう。

一度は過ちを犯したとしても、それを反省し、再び笑顔になって、社会で活躍することを支える社会のほうが、よほど成熟した社会のあり方であることは間違いない。

 

「これほど残念な友情写真は見たことがない」と述べる記事について、私は「これほど残念な記事は読んだことがない」と思った。その偏見こそが、むしろ薬物問題の悪化に加担していることを知るべきだ。

薬物問題が、重要な社会問題であると思うのであれば、一旦問題が起こったときに、薄っぺらい正義感をひけらかして叩くだけ叩いて済ませるような時代はもう終わりにしたい。

そして、問題からの回復や立ち直りをどう支援していくのか、社会として真剣に考えてみるべきときが来ている。

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