株大暴落のZOZO・前澤社長の「新しい戦略」は復活のための秘策?

決算発表からは「見えない将来」
松崎 隆司 プロフィール

自前主義で成功したZOZO

ここまでくるともはや片手間な仕事というわけにはいかない。音楽活動は中止し、ビジネスに専念することを決意する。さらに小岩にあった自宅を事務所代わりにしてきたが、会社を有限会社から株式会社化する。インターネットが急速に普及していた2000年には、CDのカタログ通販のオンライン化を進めた。

サイトの基幹システムの構築は当初外部の業者に依頼したが思ったようなものではなく、前澤社長は自ら秋葉原に出かけて専門書を購入し、自らシステム開発を手掛けた。前澤社長の自前主義へのこだわりはこんなところからも見受けられる。これでカタログ製作や発送コストが大幅に削減され、収益力が拡大した。

 

そして、2000年10月からはファッション業界に参入。ストリート系アパレルのオンラインショッピングサイトをスタートした。ストリート系アパレルは当時、渋谷や原宿など繁華街の通りに面したところにショップを展開しているために、そこに行かなければ買えなかった。まして格式の高い百貨店などでもそうした若者向きの商品は対象外。雑誌などで商品を知っていても買えないような若者が日本中にいた。

そこでネットで全国に展開すれば地方の若者の手にも届く。しかもモデルを起用したカタログを使って商品のコーディネイトなどを見せることで、利用者の購買意欲を刺激するファッション雑誌とネット通販を融合したビジネスモデルの先駆けとして若者に大きな影響を与えていった。

こうして独自の切り口で商品を陳列する「セレクトショップ」を次々に展開、2004年から17のセレクトショップをまとめた「ZOZOTOWN(以下ZOZOタウン)」がオープンした。物流は「ZOZOBASE」という物流部門を設立し、自分たちで運営。出店依頼から物流までを自分たちで工夫して経営していくという自前主義をここでも推し進めた。こうした自前主義が大きな成果を上げてきたのは、小回りの利くベンチャー企業だったからだろう。

あり合わせのものではなく、自分たちで創意工夫し、新しいものを作り、新しい時代を切り開いていく、そんなスピリッツがZOZOの躍進の原点となった。2007年には東証マザーズに株式を公開。2012年には東証一部に指定替えした。

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