2019.05.14
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ケアとは何か?「ただ、いる、だけ」の仕事から見えた「その価値」

誰もが必要とする優しい社会に向けて

「ただ、いる、だけ」という仕事

「あなたの仕事は、ただ、いる、だけ。そこに居るだけです」。さて、こんな風に言われたらどうだろうか。「おぉ楽じゃないですか。ラッキー」と引き受ける人もいれば、「そんなんでお金をもらっていいんですか」と訝しむ人もいるだろう。

現実にこんな仕事があることを教えてくれるのが東畑開人(十文字学園女子大准教授、臨床心理士)の体験記『居るのはつらいよ』(医学書院)である。

超一流大学に進学、臨床心理学を学ぶために大学院にまで進み「長く苦しい学究生活」の末に「ハカセ」となった「僕=東畑」は、ハカセにふさわしい一流カウンセラーを目指すべく沖縄の精神科デイケアにたどり着く。

そこで待っていたのは、新人には異例とも言える超好待遇と施設にやってくる人々の「ケア」だった。日常の連続の先に、やがて見えてきた「ただ、いる、だけ」の意味とは――。

『居るのはつらいよ』著者の東畑開人さん

東畑開人、1983年生まれ。2010年に京都大学大学院で博士号を取得し、就職したのは沖縄の精神科クリニックだった。博士号を取っても、非常勤、時給1000円のような条件が飛び交う臨床心理士の世界にあって、そこは「常勤、月給25万円、賞与6ヵ月」という条件を提示した。

ハカセの心はときめく。人生がときめく、好待遇の魔法である。だが、世の中、そんな上手い話はない。精神的な傷に触れていき、回復するセラピーをやりたいと思っていたはずなのに、与えられた仕事は「ただ、いる」ことだった。

なんといっても、与えられた最初の業務命令は座っていることだ。ハカセに求められたのはなにかを「する」のではなく、「いる」こと。

 

《いきなり突きつけられたのは、当たり前なんですけど、博士号がなんの役に立たないって現実ですよね。そのデイケアって汗とヤニと垢の匂いが充満していて、あまり綺麗な空間とは言えないんですよ。

それなのに、僕は心理職なんだからと思って、最初はYシャツにジャケットで出勤していました。でも、働いている人も通ってくる人もみんなジャージなんですね。強烈に浮いてるんですよ。だから、さすがにカウンセリングの時はシャツに着替えるんだけど、二週間もしたら、短パンにポロシャツで、みんなで一緒に野球をやってました(笑)。

綺麗なカウンセリングルームで、パリッとしたシャツとジャケットでセラピーをしたいみたいな憧れはあったんですけど、デイケアはちょっと違うということです。そこは、みんなで暮らしている場所なんです。だから、当然、色々な匂いがするし、「暮らす」のにはジャケットよりジャージがいいわけです。》

「足を引っ張ってたので、イルツラでした…」

そんな場所で、戦力として活躍していたのが、沖縄の女性たちだ。

ハカセも早朝に10人乗りのハイエースに乗り込み、運転して、自力でデイケアに通えない人たちを送迎する。施設に集う人々と一緒に料理をしたり、洗濯したり、掃除をしたりもする。しかし、ここでもハカセの労働は誰からもあてにされていない。

心理職の教科書にデイケアで働くのに、生活的なスキルが必要だとは書かれていない。

《車の運転も掃除も調理も、高卒の医療事務のスタッフのほうがよっぽどテキパキ働いているんですよね。僕はそういう意味では本当に役立たずで、足を引っ張ってたので、イルツラでしたね》

お金をもらえれば、いいのではないか。そんな声も聞こえてきそうだが……。

《それじゃあ、調理とか以外で何をやっているのかというと、ただただメンバーさんと一緒に時間を過ごすのが僕の仕事でした。お茶を飲んでいるメンバーさんの横で、僕もお茶を飲んでいる。それどころか、お茶がないときもあって、ただただ、座っている。本当になんもしないで、ただ、いる。これがつらいんですよ。

何か作業をしていれば、自分の世界に入れるんですよ。手を動かしたり、車を運転したりしていると、「する」ことがあるので、それをやればいい。でも、「いる」って何もやることがない。話を聴くとかでもないですからね。ただただ座っているんです。周りに人がいるから、自分の空想の世界に逃避したり、瞑想状態に入るわけにもいかないですしね。これってとてもつらいんですよ。

そうやって、デイケアに通ってくる人たちと一緒に「ただ、いる、だけ」で給料がもらえる。こんなんでいいのかってなるでしょう。》

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