対米従属から脱却するために、いま日本がやるべき「3つのこと」
これができない政治家は退場せよ!日本の戦後史には、いくつかの盲点がある。
今回、自分が書いた本の解説を書くという、めったにない機会をあたえてもらったので、私が過去8年間にわたっておこなってきた日米密約研究のまとめを、日本の戦後史に存在する「3つの盲点」という観点から、できるだけ簡潔に説明してみたい。
「横田空域」「日米合同委員会」「日米地位協定」など、私がこれまでずっと本に書いてきた、あまりに異常な「戦後日本」と米軍の関係は、いまでは地上波のTV番組でも取り上げられ、かなり多くの人に知られるようになってきた。
しかし、ではいったいなぜ、世界で日本だけがそうした異常な状況にあるのか。
5年前に書いた本書では、その問いが『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』というタイトルによって表現されている。以下、当時の自分に向かって報告書を書くようなつもりで、その問いに答えることにしたい。
安保条約はアメリカの軍部が書いた
まず、問題は大きく2つに分かれる。
(2)なぜ、これほど異常な状況が続いてしまったのか
この(1)の問題をあっけなく説明してしまうのが、下の人物だ。カーター・B・マグルーダー陸軍少将。彼が日本の戦後史における第1の盲点である。

おそらく彼の名前を聞いたことがある人は、ほとんどいないだろう。だが「戦後日本」という国家にとって、実はこれほど重要な人物もいない。というのはこのマグルーダーこそが、現在まで続く、日米安保条約と日米地位協定の本当の執筆者だからである。
ではなぜ他国との条約を、本来の担当であるアメリカ国務省ではなく、軍人が書くことになったのか。その理由は旧安保条約が調印された1951年の、前年(1950年)6月に起きた朝鮮戦争にあった。
この突如始まった戦争で米軍は当初、北朝鮮軍に連戦連敗する。その後も苦戦が続くなか米軍は、それまで一貫して拒否していた日本の独立(=占領終結)を認める代わりに、独立後の日本との軍事上の取り決め(安保条約)については、本体の平和条約から切り離して軍部自身が書いていい、朝鮮戦争への協力を約束させるような条文を書いていいという、凄腕外交官ジョン・フォスター・ダレスの提案に合意したのだった。
なので先の(1)への答えは非常に簡単だ。日米安保条約や地位協定は、もともとアメリカの軍部自身が書いたものだった。しかも平時に書いたのではなく、戦争中に書いた。だから米軍にとって徹底的に都合の良い内容になっているのは、極めて当然の話なのだ。
その取り決めの本質は、下の旧安保条約・第1条のなかにすべて表現されている。
「アメリカは米軍を、日本およびその周辺①に配備する②権利を持つ」
この②の部分が日本の国土の「自由使用」、①の部分が「自由出撃」(日本の国境を自由に越えて行う他国への攻撃)を意味している。その2つの権利を米軍は持つということだ。
そしてこの短い条文が意味する具体的な内容を、さまざまな状況別に条文化したものが、安保条約と地位協定(当時は行政協定)、そして無数の密約なのである。
いうまでもなく、そうした国家の主権を完全に他国に明け渡すような条約を結んでいる国は、現在地球上で日本以外にない。つい最近、21世紀になってからアメリカに戦争で負けたイラクやアフガニスタンでさえ、米軍がそれらの国の許可なく、国土の「自由使用」や「自由出撃」をおこなうことなど絶対にできない。いくら戦争でボロ負けしようと、占領が終われば国際法上の主権国家なのだから、それが当然なのである。
インチキだった安保改定
ところが日本だけはそうなっていない。その理由もまた、ひとことで説明することができる。安保改定がインチキだったからだ。