2019.06.09
# ライフ

スペイン語圏音楽の「レゲトン」が世界で再生数1位を席巻するワケ

コロンビアから世界を見る④
若旦那 プロフィール

Despacito大ヒットの裏側

現状のレゲトンの爆発的人気の下地は実は10年以上前から徐々に形成され始めていた。

2005年、米国のラッパーN.O.R.E.とレゲトンアーティストのダディー・ヤンキーとがコラボしたレゲトンソング『Oye mi cnato(オジェ・ミ・カント)』が米国Billboard Hot 100で12位につく大ヒット。

同時期にダディー・ヤンキーはレゲトンソング『Gasolina(ガソリナ)』、『Rompe(ロンぺ)』を次々リリースし、これまたヒットとなった。

 

このレゲトンブームに乗るかのように、元々英語でポップを歌っていたエンリケ・イグレシアスやジェニファー・ロペスなど米国拠点のシンガーらもレゲトンを自らの音楽に取り入れ始めた。彼らはレゲトンシンガーとのコラボをはじめ、レゲトンとポップの融合も起きている。

エンリケ・イグレシアスをキューバ人シンガーDescemer BuenoとキューバのレゲトングループGente De Zonaがフィーチャーした『Bailando(バイランド)』は27億回再生。

Enrique Iglesias - “Bailando” ft. Descemer Bueno, Gente De Zona

エンリケ・イグレシアスがレゲトンのイメージアップに果たした役割は大きいだろう。米国を拠点としているがスペイン出身でラテン系男子の典型と言えるようなイケメン。

彼は英語とスペイン語の曲を数多くリリースし、「スペイン語で歌われる曲=情熱的、セクシーで踊れる」そんなイメージ形成に一役買った。

この様にポップとの邂逅を果たしたレゲトンはソフトに聴きやすくなり大衆に受け入れられるようになった。そしてポップとレゲトンが融合した究極体ともいえるDespacitoで一気に堰を切ったようにレゲトン人気が爆発した。

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