東大王などで「IQ130の天才」などと呼ばれる人がいます。しかし実はIQ=知能指数のことをよく知らない人が多いのではないでしょうか。
IQは試験を受けた結果から、その人の知能が同年代の他人と比較してどの程度なのかという数値のこと。国際的物理学者のホーキング博士がIQ160だったと言われています。そしてIQ130以上ならば会員になれる「天才集団」がMENSA。1946年にイギリスで創設された、全人口の上位2%のIQの持ち主だけが入れる国際グループなのです。「IQ130の天才」と言われるのは「全人口の上位2%の天才」という意味なのです。
一体、IQ130以上の世界はどのようなものなのでしょうか。モデルでラジオパーソナリティのMIOさんは2015年に試験を受けて一発で合格したMENSA会員(1年以上後に生涯で合計3回しか受けられません)。しかし、高IQゆえに辛かったことも少なくなかったそうです。MIOさんの実体験を語ってもらいました。
1000本以上の映画のシーンすべて覚えていた
高IQの人たちの特徴として、ほとんどの人は論理的思考に強く、合理的、そして知的好奇心が旺盛であると言われています。
私は子どもの頃から、論理的に納得できないことには抵抗を感じ、大人を相手にしても徹底的に議論をして食い下がっていました。
両親や学校の先生の話の矛盾点や非合理的な指示などが気になってしまって、どうしてそうなるのかを質問し、腑に落ちるまで問い詰めていました。
論理的に考える部分の速い成長と、心の成長のバランスが取れていないことにより、可愛げのない子どもとして見られてしまっていたと思います。それでも心は子どもなので、正直寂しい思いをしていたのも事実です。
行動や思考でも、何をすべきか、何が必要であり必要でないのかなど、優先順位が浮かび上がってくるように感じとれるので、とにかく合理的に暮らすことが心地よくありました。そのため、例えば落語など人間の曖昧さや非合理的な人間くさい部分に愛おしさを見出す文化には、当時はまるで理解ができずにただただ不思議に思っていました。
12歳くらいまでは見たもの、覚えようと意識したものなど、ほとんど全てを記憶できていました。特に映画は20歳くらいまでは1000本近くの映画のどのシーンを切り取っても、すぐにどの映画かわかるほど細かく記憶していました。しかし、知的好奇心が強すぎたために自分の限界を超えるほどにもっともっと学ばなければならないと強迫観念が生まれてしまい、ある時、「この世には覚えなければならない事が、まだこんなにもある……」と絶望し、焦りとプレッシャーから、いわゆるバーンアウトの状態になってしまいました。

生活する中で自然と行う行動全てにも順番があり、それを頭の中でパズルのように組み替え、タスクを順々にこなしていくこと(鍵を開ける、靴を脱ぐ、手を洗う、カバンからノートを出して、こう処理して……という何でもないこと)が瞬時に20、30と頭に出るので淡々とこなしていたのですが、それさえも頭からの指示に追い立てられるように苦しくなってしまいました。
考えること覚えることを脳が拒否するようになり、しばらくはボーッと感じることだけをしました。記憶しないように気をつけながら映画を観て、分析しないように芸術に触れることで、「なぜ目には見えない心の形を様々な方法で人は表現するのだろう」と感じるようになりました。