いつもと変わらない接し方が何よりもうれしい

矢方さんはいつもと変わらずに接してくれた人が多かったことに救われたという。

「私のことを心配してくれていることは感じるんですが、特に病気のことには触れずに仕事や恋愛の悩みだったり、好きなアニメの話で会話を盛り上げてくれることが、自分には一番のお薬になりました。友達の家にお泊りに行って、ウィッグを外して見せたら、“あ、毛が生えてきたねっ”と普通に喜んでくれたり。こういった会話が一番和みました」

がん患者にとってがんは自分の一部として共存していくものだ。別にがんになって性格が変わるわけでも、違う人間になったわけではないのだ。親しい人はもちろん、職場でも変に気を遣われるよりも、これまでと同じように遠慮なくコミュニケーションを取ってくれることを望んでいる人が多い。なぜなら、以前と変わらずそこに自分の居場所があると思えるから。

しかし、がん患者の中には、家に引きこもりがちになってしまう人もいる。その大きな理由のひとつは、矢方さんも経験した抗がん剤による脱毛がある。

「私の場合、表に出る仕事ですし、おしゃれが大好きで月イチで美容院に行くぐらい、ヘアスタイルにはこだわっていたので、髪がなくなったらどうなるんだろうと、最初はすごく落ち込みました。ただ治療中の方のブログを見ると、つけまつ毛でおしゃれしていたり、バンダナをアレンジして楽しんでいる方もいる。とってもおしゃれで素敵な方がたくさんいるんです。私も毎日服に合わせてロングやショートのウィッグで髪形を変えてテンションを上げてみるのもいいかも、今しかできないオシャレを楽しむのもいいかも!と考え方を切り替えました」

地元名古屋のアピアランスサポートセンター「あぴサポあいち」という、がん患者の外見(アピアランス)の悩みを美容面からサポートするサロンを訪ね、的確なアドバイスを受けられたことも前向きになれた大きなきっかけになったという。

 

この1年で10年ぶんくらい成長した

もともと一人暮らしを考えていた矢方さんは、抗がん剤治療と放射線治療は終え、ホルモン療法を始めたときに、一人暮らしを始めた。

「一人暮らしには大反対の母を押し切って、最初は家出同然でしたが、自分で自分を管理できないと成長しないと思って。今では母も私が自炊をして、ペットの猫の世話もして、意外ときちんと生活をしていることに安心してくれて、以前よりもいい関係になったと思います」

激動の一年を振り返ると、がんになって失ったものもあったが、むしろ気づきや得たことのほうが多かったと矢方さんは言う。

「一番思うのは、日々の普通のことにありがたみを感じられるようになったこと。そして行動範囲が広がりましたね。SKE48時代は落ち込みやすく人見知りで、“私はいいです……”と前に出るのが苦手なタイプでした。でも、病気をしなければ出会えなかった多くの人たちと知り合うことができて、視点が変わったというか。世の中には、私のような病気もあれば、そうでない問題を抱えている人もいる。その問題の大きさはさまざまであっても、みんな何かしらの苦労を乗り越えているんだな、ということがわかりました。だから自分だけが大変じゃなく、周りのことを考えながら行動する人になりたいって思っています。

今でも、あのとき小林麻央さんのテレビを見ていなかったら、見ても私に関係ないと思っていたら、今頃どうなっていただろうとよく思います。命は永遠ではない、限りがあるものだ、ということを再認識したので、自分の目標に向かって日々を大切にして頑張ろうと思えます。私はこの1年で10年分くらい成長したんじゃないかなと思っているんです」

自分の気持ちを正直に語ってくれた矢方さんの前を向く、凛とした姿こそが、がんになって得たすべての気がした。

撮影/村田克己
「26歳の乳がんダイアリー 矢方美紀」再放送予定

●6月21日(金)19:56-20:41 <NHK総合> ローカル放送
中部7県(愛知・岐阜・三重・静岡・富山・石川・福井)
●6月30日(日)13:05-13:50 <NHK総合> ローカル放送
中部5県(愛知・岐阜・三重・石川・富山)
●7月1日(月)22:50-23:20 <NHK総合> 全国放送

※30分番組にリメイクしてオンエア