心理面の評価があがった
患者教育には、腰痛学級といわれる腰痛体操の指導や、小冊子(パンフレット)、ビデオやインターネットを使った腰痛を改善するための指導などがあります。
改定前のガイドラインは「小冊子などを用いた患者教育は、腰痛の自己管理に有用である」と書かれグレードAになりました。
しかし新ガイドラインでは、慢性腰痛の患者さんに腰痛学級を行って仕事の復帰に効果があったことや、活動的な生活、適切な運動をするようにアドバイスすることが有効であったと書かれている反面、腰痛の発症を減少させる、つまり予防的効果ははっきりしなかったことなどから推奨度が2になりました。
改定前のガイドラインの推奨度はA~D、新ガイドラインの推奨度は1~4と、表記も違っていれば、その決め方もまったく異なっています。ですので単純に比較はできないのですが、ごくおおざっぱにいえばランクが下がったことになります。
しかし一方、新ガイドラインには「心理社会的な内容の小冊子のほうが医学的なものより有効であった」と書かれました。
腰痛に対する考え方が医学的なものから心理的なものにシフトしてきたのがみてとれます。
薬物療法が腰痛に有効であることは医者にとっては常識です。しかし、情報過多の現在だからこそ、その常識的な「薬が腰痛に効く」ということが一部の患者さんにとっては疑問であったり、簡単にうのみにできなっています。
世界的ベストセラー『ファクトフルネス 10の思い込みを乗り越え、データをもとに世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロリングほか著:日経BP:2019年)には、人間にはものごとをネガティブにとらえるネガティブ本能があり「ネガティブ本能とはものごとのポジティブな面よりネガティブな面に気づきやすいという本能」と解説されています。
NSAIDの腰痛に対する有効性よりも、副作用ばかりクローズアップされてしまうのも、同じことです。このようなことを、患者さんに正確に科学的根拠を踏まえて伝え、まちがった思い込みを解いていくことも患者教育の一環です。
患者教育、などというと、いかにも上から目線でちょっといやな感じです。このあたりが「業界」の言葉選びの無神経なところです。
最近、ある学会で、「患者教育」をやめて「患者さんとの情報共有」に変えた発表を聞きました。とてもいい言葉だと思いました。
ガイドラインが変わっても認知行動療法は有効だ
2019年の新ガイドラインでもう一つランクが下がった治療法があります。それが認知行動療法で、グレードAから推奨度2にかわりました。
腰痛における認知行動療法は、この連載でたびたび取り上げてきましたので詳しくは、こちらを読んでください。
新ガイドラインで、認知行動療法そのものの評価が下がったわけではありません。ランクが変更された理由として、現下の日本では腰痛に対する認知行動療法は保険診療にならないことがあげられています。
つまり認知行動療法を行うとすれば、それは医療機関の持ち出しになり、医療者の人的資源やコストの負担が多いのです。
ガイドラインでは、そのため「患者教育や認知行動療法単独で腰痛への介入を行うことは日本の現状に合致しておらず」とあります。
また患者さん自身の、認知行動療法に対する理解や期待度も、薬やその他の治療に比べて決して高くないこともあります。ガイドラインでは、患者さんの「価値観や好みに一致性はなく、患者および家族の意向はばらつきが大きい」とあります。
医者にとっても認知行動療法というのは大変わかりにくい治療法です。
しっかりこの治療法をマスターするのには、私が20年前に始めたように、精神科や心療内科の専門研修を受ける必要があります。さらに認知行動療法を専門とする施設で実際に臨床に携わらなければ、患者さんを認知行動療法で治療することは極めて困難です。
精神科や心療内科で保険診療として認知行動療法を行っている施設はありますが、整形外科で腰痛に対して認知行動療法で治療している施設はほとんどないのではないでしょうか。
医者でさえこのような状態なのですから、治療を受ける患者さんとすれば認知行動療法といわれても、どんな治療をするのか、本当に腰痛に効果があるのか、「どうせそんな治療、効きっこない」など「患者および家族の意向はばらつきが大きい」のも当然です。
現在の日本では認知行動療法がまだ広く認知されていないため、このような理由からランクの変更が行われました。ガイドラインもかなり現実的になってきたのです。
しかし認知行動療法は、患者さんと医者が会話を通じて、手間をかけながら、薬や手術に頼らず患者さんの腰痛を治していく治療法。
手間はかかるけれど物質的なものに頼らないとてもよい治療法です。この治療法の腰痛に対する効果は無限の可能性があるといってもいいでしょう。
腰痛の治療に効果があるのなら、認知行動療法について保険でカバーできるように、行政や学会がしっかり検討して体制を整え改善していくべきです。