2019.07.06

腰痛治療に朗報、「新ガイドライン」が示すこと

「心療整形外科」を始めた医師が説く 第5回

腰痛が治る人の考え方とは?

どのような治療も、それがすべての患者さんに効果的だということはありません。だったら、なぜガイドラインとか標準治療といった「万人に普遍的で効果的な治療」のようなものが作れるのでしょうか。

ガイドラインや標準治療は、決して万人に普遍的ではないのです。患者さんにはそれぞれ身体的、社会的な背景があるのですから治療もそれぞれです。しかしそんな中でも「科学的な根拠がある指針を打ち出したい」ということでガイドラインが作られているのです。

MRIでまったく同じにみえる腰椎椎間板ヘルニアの二人。一人は手術をしなければなりませんでしたが、もうひとりは薬で治ってしまう。患者さんにとっては疑問なことでも医者にとっては経験上、よくあることです。

同じ疾患であっても病気の行く末、予後はひとそれぞれなのです。なぜ一人が手術をして、一人は治ってしまったのか、しっかりした説明は誰もできません。

運動器痛が長く続くと、先行きの不安からストレスが高じて患者さんのこころが折れてしまうことがあります。

このような患者さんに認知行動療法的なアプローチを行って、考え方やものごとのとらえ方を少しずつ変えていくことが大切です。薬や注射や手術といった「機械的な治療」だけでなく、患者さんの気持ちが大きな要素を占めます。

それには患者さんへの説明の仕方、痛みの解釈など従来の整形外科の範疇を超えたアプローチが必要であり、そのようなアプローチこそが心療整形外科なのです。

どの患者さんにどの治療法があてはまるかは千差万別です。どの治療がその患者さんにとってもっとも効果的なのかわからないのですから、あせらず、患者さんと医者が知恵を出しあっていろいろな治療を考えてみる。

「年だから仕方ない」などと取りつく島のないような考え方をせず、それぞれのエイジングに合わせてオーダーメイドの治療を考えていく。すべての患者さんにあてはまる治療なんてないのですから。このような点にフォーカスを当てていくのも心療整形外科です。

加齢はすべての人類に平等に起こる生物学的変化です。からだは劣化するものなのです。当たり前のことを悲観しても仕方がないばかりか、かえって損なことです。

からだの劣化は止められなくても、それに対する自分の気持ちの持ち方、生き方まで劣化させる必要はないのです。

長寿健康が当たり前になった現代、ひとは死を想像することが不得意になってきています。今ここに生きていることの幸せを感じてみることが、痛みなどの体の不調に対して真っ先にできることなのです。

谷川 浩隆
1962年松本市生まれ。信州大学医学部卒業。癌研病院、信州大学などに勤務後、安曇総合病院副院長。医学博士。1998年から、整形外科の臨床をしながら精神科の研修を受け、腰痛、肩こり、関節痛などの運動器疼痛をめぐる心身医学的アプローチの臨床と研究に従事、「心療整形外科」を提唱。2007年~信州大学医学部臨床教授。2013年7月に谷川整形外科クリニックを開設、院長に。この連載をまとめた現代新書を現在執筆中。著書に『腰痛をこころで治す 心療整形外科のすすめ』(PHPサイエンス・ワールド新書)がある。