私は幸せだったよ
まずは、ベランダに広がったタール便を洗い流し、汚れてしまったリキの身体を拭いてやった。
「リキの部屋」だったベランダも、自慢の長い被毛もサッパリとキレイになると、リキはホッとしたような表情になった。
1月だというのに、風もなく穏やかな日で、午後の日差しに包まれたベランダはポカポカとあたたかい。
私はベランダに腰を下ろして、リキに膝枕をしてやった。
リキは安心しきった様子で、私に身体を預けている。

「リキ、幸せ?」
クリクリの耳の毛を撫でながら、私はそう問いかけた。
それは、この13年の間に、何度も問いかけてきた言葉だった。
「リキ、幸せ?」
「私の所に来て、幸せだった?」
リキは言葉を返してはくれないけれど、私を見返すキラキラの瞳と、軽やかに振られるシッポが、いつもその答えを教えてくれているような気がしていた。
「リキ、私は幸せだったよ」
「リキと一緒にいられて、ずっとずっと幸せだったよ」
リキは本当にやんちゃで無鉄砲な子だったから、いつも心配でたまらなかった。
何かのはずみでリードが外れて、車に撥ねられてしまうんじゃないか。
家から脱走して、帰ってこられなくなってしまうんじゃないか。
お散歩中に何か悪い物を拾い食いしてしまうんじゃないだろうか?
不慮の事故で、寿命を全うせずに死んでしまう犬もいる中で、リキはずっと何事もなく、元気で生きてくることができた。
最後は病気になってしまったけれど、13歳半は、大型犬としては立派な長生き。
かつて心に誓った通り、私は、一生、リキを守ってやることができたのだ。
おひとりさまの私だから、キチンとリキの最期を看取ってやれるかどうかが不安だった。
私が留守にしている間に、リキにもしも何かあったら。リキを、ひとり淋しく逝かせてしまうことになったらどうしようか。
そんな不安が、いつも心のどこかにあったのだ。
でも、今、リキはこうして、私の腕の中で安心して眠りにつこうとしている。
そのことを、心から感謝していた。
リキと一緒に過ごすことができた、この幸せな年月にも。