教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、中学受験、高校受験の現場も多く取材してきた。そこで出会ったのは、素晴らしい教育者や、学びを受けて生き生きとした子どもたちだけではない。「善かれ」「子どものために」と思いながらも、「誰の人生なのか」「誰が決める人生なのか」という視点が抜けてしまった親や教育者たちによる、「教育虐待」の現場も多く目にしてきた。

学校や受験の「良い部分」を知り尽くし、心理カウンセラーの資格ももつおおたさんだからこそ明確に見える「問題点」。多くの人たちに取材を重ね、一冊にまとめたのが『ルポ教育虐待 毒親と追い詰められる子どもたち』(ディスカヴァー携書)だ。「子どものため」のはずが、なぜ親に追い詰められる子どもたちが増えてしまうのか。その現実を知ることで、軌道修正は必ずできるはずだ。

刊行を記念して本書より、おおたさんが見てきた「教育虐待」の実情を数回にわたって抜粋掲載する。

勉強以外のことをするな

「子どもなんていらない!」
知佳さんはベッドの中で突然叫んでしまった。真夜中に、自分でも思わず出た叫び声だった。震えていた。隣に寝ていた夫も慌てて起きた。知佳さんの頭の中には、無力な子どものイメージが渦巻いていた。

知佳さんは1980年代半ば、東京の郊外に生まれた。父親は、高校を卒業して、家業の建設業を継いでいた。母親は、高校卒業後、看護師になるための学校に通っていたが、やめて、結婚した。若い大工の収入だけでは、生活は苦しかった。学歴がないことも、両親のコンプレックスだった。

 

あなたはなんとしても大学に行きなさい。お父さんとお母さんのような悔しい思いはさせない

知佳さんは幼いころからそう言われて育った。

物心がついたころから、毎日ピアノの練習と勉強をさせられ、遊んだ記憶は、ほとんどない。ピアノは夕食前に毎日約2時間。間違えると罵倒され、殴られる。ピアノより怒鳴り声がうるさいと、近所からクレームが来たこともあったが、母親は「嫉妬しているのよ」と言って、聞く耳をもたなかった。 

ピアノと勉強以外をさせてくれなかった Photo by iStock

勉強は夕食後、毎日約4時間。夕食を食べ終わると1分も休まずに勉強を始めなければならない。サボらずにやっているか、10 分おきに母親が進み具合をのぞきに来た。母親は勉強を教えることができなかった。その代わり、書店で教材を山のように買ってきては知佳さんに与えた。知佳さんはそれを解き、自分で丸つけして、母親に見せた。母親が予定していた量をこなせていないと、怒られて、夜中まで勉強をさせられた。 

テストの点が悪いと殴られる。テストでいい点をとって、喜んで報告しても怒られる。「勘違いしないで。テストでいい点がとれたのはあなたの力じゃない。お母さんのおかげなのよ。わかってる?」。小学校の友達と交換日記をしているのを見つかったときには、「勉強以外のことをするなと怒鳴られ、叩かれ、その後1カ月間無視された