張りつめた空気の中、ひとりの男性が筆を手に取り、ひとつひとつ点を描いている。一切のぶれもなく、ひとつひとつ奇跡のように描かれる点。そしてその点が集まると、ひとつの大きな世界ができていた――この写真の男性は、GOMAというディジュリドゥ奏者。実は2009年に大きな事故に遭い、GOMAさんは脳に損傷を負った。その直後から、突然このような絵を描き始めたというのだ。
その絵は多くの人の心をとらえている。詩人の谷川俊太郎さんはGOMAさんの絵からインスピレーションを受けた詩を書きおろし、『Monad』という一冊の本が生まれた。各地でGOMAさんの原画展も予定されている。そんなGOMAさんの奇跡のような軌跡を、個人的に親交もあるスタイリストの中村のんさんに綴ってもらった。

NHKドキュメンタリーにくぎ付け
「想像したことがあるだろうか?ある日突然、当たり前のように続いてきた日々が、変わってしまうことを」
2018年2月のある日、流れてきた声に興味を引かれ、テレビの前に座を移した。画面には、私が住む町の名前がテロップされ、近所の見慣れた風景が映しだされていた。私と同じ町にいる人のドキュメンタリー?思わず身を乗り出した。続くナレーションにさらに興味を引かれた。
「GOMA。45歳。
オーストラリアの先住民族“アボリジニ”の楽器、“ディジュリドゥ”の日本を代表する奏者だ。
その人生が一変したのは、8年前。交通事故で、脳を損傷。すると、彼は突如、絵を描き始めた」
GOMAの背景が紹介され、様々な彼の姿が映し出された。床に座って大きなカンバスに点を打ちづづけるGOMA。ライブハウスでディジュリドゥを演奏するGOMA。その人は「無心」としか言いようのない目をしていて、点によって描かれた曼荼羅のような絵が放つパワーは摩訶不思議でありつつも、強烈だった。

GOMAという人の存在を知ったのは、この、NHK ETV特集『Reborn~再生を描く~』という番組でだった。36歳のとき交通事故に遭う。精密検査の結果、どこも異常なしと診断される。事故の2日後、4歳の娘の絵の具を手に取る。そこから、一日に何時間も描き続ける日々が始まる。「描かずにはいられなかった」とGOMAは言う。そして、記憶が消えていることに気づき、事故から半年後、「外傷性脳損傷による高次脳機能障害」と診断される。