2019.07.13
# 民族未来主義 # 新反動主義 # 近代

エスノフューチャリズムの「反動的」で「解放的」な未来?

ターボフォークに見る新しい第三の道
河南 瑠莉 プロフィール

民族紛争のサウンドトラック

ここでターボフォークについて改めて手短に触れておこう。

80年代前後に誕生したターボフォークは、90年代にかけてユーゴスラビア随一のポップ音楽として急成長した。そんなターボフォークが今日、多かれ少なかれセルビア民族主義との関連において語られるようになったのは、それが軍事主義・民族主義を掲げるミロシェヴィッチ政権下において国民的な支持を得るようになったことに起因する。

90年代にクロアチアやボスニアとの民族紛争が激化するにつれ、セルビアは急速に国際社会から孤立してゆく。国連による経済制裁を受けたセルビアの国内市場は急激に縮小し、ハイパーインフレーションにより国民所得は50%も急落したという(Cato Institute)。日用品ですら入手の困難になったセルビアでは、密輸から成り立つ闇市場が跋扈する。

ターボフォークがミロシェヴィッチ政権下で急成長したのは、社会の不安定期にあって、商業的音楽が一時的な癒しの場を提供したという理由だけではない。それどころかターボフォークは、内戦期の混乱と権力の再分配の中から出現した新たな支配層、つまり軍事力とマフィアネットワークに支えられた新たなエリート層の姿が、理想的に投影される場でもあったのだ。

軍事力を正義とする強い国家と、そこから生み出される強い身体、セクシュアルな表象。TV Pink やTV Palmaといったテレビ番組に映し出されるニューリッチの姿は、戦争に疲労した国民の日常とはかけ離れたところから、セルビアに新たな成功のナラティブを提示したのだった。

 

「遅ればせの革命」と近代化のトラウマ

民族紛争の記憶によって濃厚に色塗られたターボフォークが、散り散りになったユーゴ諸国で未だ聞き継がれていることは興味深い。あたかも「バルカン的」なものの中に「西洋近代」へ共約することの不可能な残余を見るかのようだ。

ここには、セルビアだけでなく「過渡期」と呼ばれる移行期を経て民主主義社会・市場型経済へと突入した旧共産主義圏においてしばしば見られる、近代化へのトラウマが見て取れる。旧共産主義圏においては、近代とは常にすでに「遅れて」やってきたものとして経験される。

ドイツの社会学者ハーバマスはかつて、89年の東欧革命を「後追い」革命であると称した。これは単に、しばしば邦訳で紹介されてきたように「遅ればせ」でやってきた革命なのではない。ドイツ語のnachhohlen、あるいは英訳のcatch upが示唆するように、これは西洋近代を「後追い」するかたちで実現された革命なのだ。

社会主義の崩壊を啓蒙運動の歴史的瞬間となぞらえることによって、共産党崩壊による一連のイベントは、いわゆる西ヨーロッパ型「近代」の普遍性の勝利という図式の中で描かれることになった。 

むろん旧ユーゴスラビアの社会主義は旧ソ連圏におけるそれとは異なるのだが、旧ユーゴ諸国もまた、同じく遅れて「近代」の仲間入りをしたがゆえに、西ヨーロッパ型の近代とは完全に自己同一できないという共通の精神構造を持つと、ユーゴ出身の哲学者ボリス・ブーデンは述べる。

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