膝が曲がったままで立つ
5分ほど経過しただろうか。さすがにこれ以上は出演者、スタッフのみなさんをお待たせすることはできない。私は片足が曲がっても、立つだけならできると判断して、北村に声をかけた。
「このまま立っちゃおうか」
北村に脇を抱えられ、太ももに力を入れる。いつもと違い左膝がぐらぐらするのが気になったが、腹筋にいつも以上の力を入れて、スタジオの滑りやすいフロアを踏みしめる。
「いまから松本さんと乙武さんが肩組みますよ」
スタジオの東野氏はそう言って、これから始まる「世紀の一瞬」を逃さないようにと、カメラに合図を送った。
「じゃあ、離します」
北村が、恐る恐る私の身体から手を離す。立てた。同時に、松本氏が鍛え上げた自慢の太い腕を、私の肩へと回してくれる。
「うわあ、なんか新鮮!」
私の顔のすぐとなりで、松本氏の声が響いた。私もおなじ気持ちだ。体温が、伝わってくる。
「この写真、あとでください!」
カメラが回っているのも忘れ、私はスタッフに向かってそう叫んでいた。
左膝はまだ曲がってしまう状態のままだった。だが、「あの松本人志と肩を組んでいる」という高揚感に、私はわずかでも歩く姿を見てもらいたいと思うようになっていた。
「前に来られる?」
私は小声で北村につぶやくと、両肩を支えてもらいながら一歩、また一歩、足を前に振り出した。
ぐらぐらして、とても「歩けた」と言えるものではなかったが、一メートルぐらい前に進むことができただろうか。
「乙武さんとはよくご飯食べに行ったりしますけどね、肌と肌が触れあうってことがなかったんですよ」
松本氏がそう話すのを聞きながら、たしかになと思った。
「そうですよね。いつも車椅子に囲まれているんで」
「いつか二人で歩いて風俗行きましょうね」
私は笑いながら頷いた。すかさず東野氏から「断りなさいっ!」とツッコまれたが、“松ちゃん”とのツーショット写真は、私の宝物になった。