講談社文芸文庫はその名の通り、世間からすればコアとも言える「文芸」作品を重点的に文庫化するレーベルである。
世の読書人は文学、それも重厚な作品ばかりを読んでいるわけではないし、文庫本も文学のためだけのものではない。当然、文芸文庫というレーベルを読んでいる人も少ないだろう。
私は文芸文庫を、そしてそこに収められた石川淳や森敦といった作家の作品を、電車やバスの中、公園のベンチなど、街中で読んでいる人を見たことがない。
私がTwitterで身を置く「読書垢」の界隈でも、文芸文庫に収められた作品を読んでいない人の方が多いかもしれず、少数派の立場は免れ得ないと思っていた。
しかしながら、内心では忸怩たる思いを抱えていた。こんなにいい文学作品が厳選されているシリーズなど、他にはないというのに……。
きっかけは、便乗だった
そんな日々を送っていた時のことである。
その日――7月4日(木)の午前、私は大学のサークル棟で何とはなしにTwitterを開き、例によって本の情報を漁っていた。
見ると、「この文庫がすごい」というアンケート付きのツイートが数字を伸ばしている。
ほう? と思いつつラインナップを見てみると、ちくま、河出、早川、創元、とある。
……で、それ以外は?
Twitterのアンケート機能は選択肢を4つしか用意できない。その制限の中で、それも投稿者の好みで用意すると来れば、不公平は出るだろう。
しかし釈然としないのは、その投稿者が、そのアンケートに載った文庫本をブームに仕立て上げようとしている節があったことである。更にはその中の一つの文庫で、「この○○文庫がすごい総選挙」を行うというではないか。
それでは、その他の文庫はどうなる? 「すご」くないとでも言うのだろうか?
思わずして、ムッと来た。
そう、「すごい」文庫は他にもある。いい作品を山のように収めた文庫が――そう、講談社文芸文庫!
それを黙殺しながらTwitter上でブームにしようとしている……
黙ってはおれん!
私は勢いに任せ、こんな呟きを投稿していた。
日本近代文学を漁ってるうちに、推しの講談社文芸文庫ならかなり増えて来たんだけど、まだまだ知らない面白い本がありそうだから、便乗になっちまうけど、#この講談社文芸文庫がすごい総選挙
— あさだ (@Ayakoasada) July 4, 2019
ってのがあってもいいと思い始めたんよ。
来れ、文芸文庫クラスタ!!#文庫の会(仮)
しかし、実際のところ――呟いた時点で気は済んでしまっていた。
講談社文芸文庫も、また「すごい」文庫なのだ。Twitterを通して、それを発信できただけでもいい。どうせ少数派、さほど広まりはしないだろう。知己同士でどの本が面白いか、傑作と呼べるかを示し合って楽しめたら……「総選挙」と銘打ってはいたものの、そう思う程度であった。
事実、このタグに乗ってくれた最初の人も、友人だったから。
最高にイカれてメンバーを紹介するぜ!#この講談社文芸文庫がすごい総選挙 pic.twitter.com/Xt49ElHYAm
— 古義人 (@cogito_kobo) July 4, 2019
それに引き続いて私も投稿した後、しばらくの間、Twitterの画面を閉じた。
何度も言うが、この時点では、知り合い同士のささやかな楽しみで終わるだろう、としか思っていない。積極的に拡散するつもりはなかったし、お祭り騒ぎに仕立て上げようなどとは、思ってすらいなかった。