本人は覚悟もできない
慎太郎さんが語るように、幸助さんは老衰で亡くなる前は大病を患ったことすらなく、健康そのものだった。本人にしても80歳はおろか、90歳、100歳になっても自分が衰えていくとは思っていなかったはずだ。それにもかかわらず、ある日を境にして、たったの3週間で人生の幕が閉じられてしまった。
そう考えてみると、老衰死はがんのように、亡くなるまで一定の時間がある病気より死への覚悟が持ちづらく、逆に急性心不全のように、死を意識する前にポックリ逝ってしまうわけでもない。
ケアマネージャーとしてこれまで多くの高齢者の死に立ち会ってきた訪問介護会社「ぽけっと」代表・上田浩美氏は、老衰のもうひとつの側面をこう指摘する。
「いわゆる孤独死といわれている人たちの死因は、実はほとんどが老衰なんです。彼らは社会との接点を失い、50~60代以上の年齢に差し掛かっても外部と関わることなく引き籠もり生活を送っている。
+そんな人たちは目の前の生活に絶望し、食事もまともに摂らない。生きる気力を失い、限りなく自殺に近い老衰を選択するようになるんです。この現実をみても、老衰と一口にいっても実態は悲惨な現実がある。その点を忘れてはいけません」
これからも老衰死を望む人々は後を絶たないだろう。だが、それは必ずしも「天国への切符」ではないのだ。
『週刊現代』2019年8月3日号より