「前政権の勇み足」郵政改革法案の今国会成立を菅新首相は見直せ
参議院選挙後に与野党対決法案は修正を小沢一郎前民主党幹事長との関係は大丈夫なのか――。
6月5日(土曜日)の深夜から翌6日(日曜日)早朝にかけて、永田町・霞が関を緊張が駆け抜けた。

その原因は、菅直人・新首相が異例の形で公表した閣僚と党の要の人事にあった。あろうことか、首相の女房役である官房長官に仙谷由人国家戦略担当大臣を充てるばかりか、枝野幸男行政刷新担当大臣を幹事長に抜擢したからだ。
これでは、首相がいくら口で否定しようと、「新政権は、『反・小沢』だ」というレッテルを貼られかねない。
代表選で敗れたとはいえ、菅首相の対抗馬として129票を集めた樽床伸二衆議院環境委員長を支えた党内最大勢力の小沢グループを敵に回したのでは、政権運営は成り立たない――そんな見方も広がった。
ところが、このとき、菅氏の側近のひとりは、そんな外野の不安を一笑に付した。「出来レースと取られては困るが、新首相と前幹事長はあうんの呼吸でやっている」と言い放ったのだ。
そして、すかさず、「我々にとって喫緊の最大の課題は、いかに有利に参議院議員選挙を戦う土俵を作るかだ。その共通の思いがある以上、新首相がちょっと言い過ぎるぐらいのことを言ったとしても、前幹事長は飲み込む腹をお持ちだ」と付け加えた。
何よりも、参議院議員選挙――。
そうした視点に立てば、突然に見えた今回の首相交代そのものが、何ヵ月か前から予想できなかったシナリオではない。
実際に、参議院議員選挙が近付けば、「政治とカネ」でイメージが傷ついた前首相か前幹事長のいずれか、あるいは両方が辞任し、民主党としての自浄能力の高さを印象付ける作戦がある、と解説する向きは存在した。
5日の夜に流れた共同通信の世論調査は、そのシナリオが大きな成功を収めたことを物語っていた。
4日夕から5日に行った世論調査だが、なんと、菅新首相に「期待する」と答えた人は57.6%と、ほんの数日前の前回調査(5月末)において、鳩山内閣を支持した人(19・1%)の実に3倍以上に跳ね上がっていかたからだ。
そして、民主党の輿石東参院議員会長は6日(日曜日)朝、NHKの討論番組で、参議院議員選挙について「新しい監督は菅さん」としたうえで、「60(議席)いただければ単独過半数になる。その目標をあくまで掲げていきたい」と語り、菅首相の下で単独過半数を目指す考えを強調した。
これこそ、小沢グループのナンバー2の立場にあり、鳩山前首相降ろしの急先鋒だった実力者が、菅路線の支持を打ち出した瞬間だった。
菅首相の選出によって「首相交代効果」がはっきりと出たのは、決して不思議なことではないだろう。前首相と違って、菅氏には、実績があるからだ。橋本竜太郎内閣の厚生大臣として薬害エイズの行政責任を明らかにしたことなど特筆ものである。
また、菅氏が鳩山内閣の財務大臣として、世界的な危機との注目を集めたギリシャ危機が勃発するよりも前から、日本の財政健全化の必要性を訴えてきた「政治的な勘の良さ」「先見の明」である。
菅氏はもともと、東工大の理学部出身という政治家としては異色の存在だ。そのうえ、財政政策では、得票に繋げ易いバラマキ政治家が跋扈する中で、菅氏のような目先の得失に拘らない玄人タイプは稀有の存在と言える。財政再建は是非、真摯に取り組んでいただきたい。
増税が、使い方によっては成長に役立つというのはやや言い過ぎだろうが、財政再建も、経済・産業構造の改革も避けて通れない課題であり、そうした課題から逃げ隠れしない菅氏の姿勢は評価できるものである。
ただ、新首相として懸案を抱える中で、気掛かりなモノもいくつかある。前内閣から国会審議を引き継いだ、与野党対決色の強い法案の扱いが、それである。
政府が提出した法案だから、その成立にしゃかりきになるのは理解のできないことではない。
特に、今回、永田町では、新首相の指導力・実行力を試す最初の機会として、これらの法案を必ず成立させないといけないという空気が蔓延しており、早くも国会の会期延長や強行採決の決断を迫るムードが熟成されている。
しかし、ここでは、鳩山前首相が、自民、公明連立政権から、民主、社民、国民新の連立政権への歴史的な政権交代を強く印象付けようとした無理が、あの米軍普天間基地の移転問題の背景にあったことを思い出していただきたい。
今回、与野党の対決となっている法案にも、あの普天間問題と同じように、政権交代を強く印象付けようと勇み足になっている面がそれぞれ散見されるからである。
郵政改革法案が好例だろう。
同法案は政権に残った国民新党にとっての「1丁目1番地」の法案という面もあって、菅首相は代表選の勝利直後に、早期成立を期すことを亀井氏と改めて確認したことでも知られている。
そして、小泉純一郎元首相時代の郵政民営化において、もともと3事業と言われた郵政を、あえて4事業に分けたことから、経営が脆弱になっている日本郵便と郵便局を持ち株会社(親会社)に統合するテコ入れ策など、この法案が重要な改革を含んでいることは否定のできない事実である。
しかし、その一方で、過剰反応となっている面もある。それは持ち株会社への政府の出資を改めて維持するだけでなく、持ち株会社から金融2社への3分の1以上の出資の維持まで明文化し、これらの会社に国の関与を残す形をとった点である。
この点は、未来永劫に、政府による日本郵政グループの経営への介入を容易にする問題があるだけではない。米国と欧州連合(EU)が、競争の面で内外無差別を定めた世界貿易機関(WTO)のルールに反する行為として、強く反発。法案が成立すれば、WTO提訴も辞さない構えをみせているのだ。
明らかな悪乗りで、むしろ、こうした政府の出資は速やかに回収し、財政再建の原資に充てるべきである。
地球温暖化対策禁止法、国家公務員法改正案も
このほか、地球温暖化対策基本法には、CO2の経済主体・産業・企業別の割り当てを前提にした排出権取引の創設や、家庭が太陽光発電で生産した電力の全量買い取りが盛り込まれている。前者は、鉄鋼業などの空洞化を、後者は電気料金の高騰を招く。結果的に所得の低い人々に重い負担を強いるものだと問題視されている。
さらに、国家公務員法改正案は、人件費の削減策が先送りされた骨抜き法案との批判が少なくない。麻生太郎内閣が成立させることができなかった、あの当時の法案と比べても生温い。自治労を有力な支持母体とする民主党の限界が見えたとの批判も出ているのが実情だ。
こうした中身の問題には、どれも、将来、悪法との歴史的な批判を受けかねないものがある。
それでも成立させようとすれば、会期の延長や強行採決が避けられないだろう。そんな強引な手段をとってまで、通さなければならない重要性が、これらの法案に存在するとは思えない。
むしろ、ここは成立を急がず、まずは鳩山政権の8ヵ月半の勇み足を冷静に検証して、マニフェストを再構築すべきである。政権交代を印象付けようと気負い過ぎた部分の修正を図るのに、首相の交代ほどのよい機会がそう頻繁にあるはずもないのだから。
そして参議院議員選挙の結果を踏まえて、対決法案の問題点を修正したうえで、捲土重来を期すべきではないだろうか。