2019.08.21
# 中国 # 台湾

中国の「文化発信力」低下を露呈させた、映画をめぐる残念な事件

欠落するソフトパワー戦略
古畑 康雄 プロフィール

参加取りやめ、真の事情とは

だがその後も中国当局の映画を巡るトラブルが続いた。8月7日、中国電影報は国家電影局の発表として、台湾で今年11月に開かれる著名な映画祭、金馬賞への中国側関係者の出席や作品出展を取りやめると報じた。

この問題に対しては、日本のメディアはいずれも「独立志向の蔡英文政権への圧力強化が狙い」と報じているが、果たしてそうなのか。中国や台湾の報道を読んでいくと、別の事情が見えてくる。

 

このうち、中央通信社(8月7日)は、今回の措置に対する、中国の映画業界の内幕を紹介している。中国の業界関係者は「この問題は映画関係者では随分前から議論されていた」と述べ、参加中止に全く意外感を持たなかったという。

「だいたい6月末から、金馬賞参加を認めないとの情報が流れていた。昨年、両岸の映画関係者が金馬賞授賞式で政治的な態度表明をし、大きな問題となったためだ。」

この問題については、以前本コラム「中国の芸能人が続々と『強い愛国心』を表明する裏事情」で紹介している。要は中国側の参加者が台湾を「中国の一部」であると強調したのに対し、台湾側の映画製作者が「台湾は1つの国」と発言、両岸の政治的な対立が映画祭の場に持ち込まれたのだ。

この業界関係者によると、この事件が起きた後、中国政府は2通りの対策を練ったという。1つは「何もなかったことにしてやり過ごす」、もう1つは「いっそのこと参加しない」で、最近の政治情勢から後者を選んだのだという。

「金馬賞は来年1月の台湾総統選から2月しか離れていない。もし台湾側が再び(両岸問題などについて)意見表明をする場を設けたらどうなるか、ましてや香港の『反送中』(逃亡犯条例改正案反対)デモが続く中、『香港加油(がんばれ)』と誰かが発言したら、共産党は困った立場に立たされる。」

その時には参加した中国の芸能人も窮地に立たされるという。「舞台に上がり(1つの中国の)態度表明をしなければ、国内に申し開きができない。だが本当にそれをやったら、台湾の民間の『反中感情』にますます火を付けることになる。周子瑜事件が、民進党の総統選勝利を手助けしたことの再演を中国は望んでいない。」

周子瑜事件とは記憶に残る人もいると思うが、2016年1月、アイドルグループの台湾出身メンバー、周子瑜さんが「台湾独立派」と中国で批判され、謝罪動画をネットで発表させられた事件だ。これが台湾の反中感情に火を付け、直後の総統選で民進党の蔡英文候補の当選に影響したとされる。

つまりは、台湾への圧力というよりは、香港や台湾の不透明な政治状況ゆえに摩擦を避けた、自信のなさが再び露呈したのではないだろうか。台湾の著名映画評論家はラジオ・フリー・アジア(RFA)の取材に、「不参加は中国の映画関係者にとって損失」と次のように指摘している。

「優れた映画人が参加しないことは、当然残念ではある、だが真に損をするのは金馬賞ではなく、参加できない中国の映画や映画人だ。彼らの願望は政治によって歪められ、彼らの未来が政治によって決められるからだ。中国は彼ら選手(映画人)を世界最高の映画の殿堂(金馬賞)ではなく、よりレベルの低い(中国国内の)映画祭に参加させようとするのだろう。だがそれはつまり、政治が芸術の高度、純度を貶めているということだ。」

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