10メートルライン
2回目の見学会で、奇跡が起きた。
目の前に北村がいることに安心して、左足から振り出す。
そして、右足。
うん、だいじょうぶ。いつもは右足が出にくく、歩行のリズムが悪いのだが、今日は上半身も使いながらスムーズに歩けている。
倒れないように、倒れないように。
最初はぎこちなかったが、次第にリズムをつかみ、テンポよく前に進みはじめる。
こういう瞬間を「ゾーン」と呼ぶのかもしれないと思った。6メートル、7メートル、8メートル、いつの間にか自己ベストを更新していた。しかし、前を歩く北村は、歩いても歩いても私との間隔を開き気味にする。「乙武、もっと歩け」と言わんばかりだ。
白く横に伸びるラインが近づいてきた。
10メートルラインだ。
北村はそこまで私を引っ張ろうとしているのだ。
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全身の疲労は限界に達していたが、北村の意思と参加者の声援が、私の黒いスニーカーに力を与え、白線を越えさせてくれた。
崩れるように腰を下ろす。
拍手を浴びながら、仰向けに倒れる。
熱く重たい身体に、冷たいトラックの感触が心地よい。
「10メートル、ジャスト!」
新記録、達成だ。