中国の絶景・世界遺産「客家の土楼」を呑み込む時代の激動

失われゆく故郷と人々の思い
中村 治 プロフィール

中国人の反応の変化

10年前に一緒に土楼を回って旅をした林先生は、事あるごとに僕に言った。今、ここで見える風景も5年もすると夢と消えるだろうと。だから、今、この時間をしっかり写真にとどめておきなさいと。

10年が経ち、確かに彼が言っていた通りになったのかもしれない。かつてあった土楼の生活は消え失せ、それと共に客家の伝統的な生き方を守ってきた誇り高い人々の姿も、失われてしまったようだった。

僕が土楼の人々を撮影していた10年前、都市部に生活する中国人からは、なぜ君はそんな未発展の村に行き、遅れた地方の人々を撮るのだと批判を受けることが度々だった。北京や上海はこんなにも発展しているのに、なぜそれを撮らずに遅れた中国を撮るのだと。

この春、10年前に撮った同じ写真をまた多くの人に見せたが、今回は肯定的な言葉を多く聞いた。もう農村にさえ君が撮ったような人々はいない。よく残してくれた、と。

現在、土楼を出て経済的に成功を収めた国内外の客家の子孫たちの献金が、客家の象徴とも言える土楼の保存に一役買っている。

 

普段数組の老夫婦しか住民を持たない土楼も、年に一度の春節には遠方や海外からも親族が集まり、賑わいを見せる。現存する多くの土楼は一族の催事場として、その役割を移しつつある。

千年、数百年とここで暮らした客家たちが中原に想いを馳せたように、土楼を出て行った客家の子孫達も、移住した土地で、もう決して住むことのない福建省の山間部に想いを馳せる。

故郷を失うことは、自分を失うことなのだろうか。かつて住み慣れた住居が朽ち果て、故郷の姿が変わり果ててしまったとしても、我々に残されるものとは何なのだろうか。我々が受け継ぐべきものとは。時代の変化のなかでも、決して消え去ることがないものとは何なのか。それはどこから来て、どこへ向かっていくのか。

土楼の旅が教えてくれたものを、僕はこれからも反芻し続けるのだろう。

中村治写真集『HOME  Portraits of the Hakka』(4500円・税別)LITTLE MAN BOOKS より発売中。

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