わたしは「被験者」
「こうして少しずつではなく、一気に変えてくれたらラクなのに……」
喉まで出かかった言葉だが、ぐっと飲み込んだ。これは私が歩くためのプロジェクトではない。あくまでも多くの方が歩けるようになるための研究であり、私はそのための被験者に過ぎないのだ。一気に変えてしまったのでは、どういう変化がどういう影響を及ぼしたのかという詳細なデータが得られない。やはり、一つずつていねいに進めていくしかないのだと自分に言い聞かせた。
7月5日。
北村と二人で自主トレ。「みぞおち」を意識する前は、足幅が開きすぎないよう、細い一本のライン上を歩くようなイメージでいたが、仙人から「みぞおち」というポイントを学び、さらには軽量化が進むにつれて、その意識も変わりつつあった。
体重をかけることが苦手な左足。これをベストな位置に接地できれば、右足も自然といい位置に接地できるということに気づいたからだ。左足は、右足にぶつけるぐらいの気持ちで内股気味に振り出し、右足はその勢いのままにあまり意識せず振り出す。左足は「制御」、右足は「放任」――そんなイメージで歩くと、4回に3回くらいの確率で理想の着地点に足が下りるようになってきた。
左、右、左、右――この日もテンポよく、軽快に足が出る。私は少しずつ、「歩くコツ」を身につけはじめたようだった。
7月9日。
内田氏とストレッチをしているところへ、遠藤氏が両手いっぱいに靴箱を抱えてやってきた。バッテリー、ソケット、足部に続いて、この日は靴の軽量化だ。
「とりあえず3種類選んでみました」
そう言うと遠藤氏は、リビングの床に3足のスニーカーを並べた。コンバースの定番モデルである黒いキャンバス地の「オールスター」、黒地の切り返しに白いソールのピープルフットウェアのスニーカー、ミズノの黒をベースにオレンジ色をあしらったランニングシューズの3足だ。